2017年04月

夜遊び封印

今朝早く、大阪に住む老父が心臓関係の発作を起こしたと妻より電話があった。
90近い年齢の父は2000年頃、心臓のバイパス手術を受けた。
その後、長き小康を得ていたが此度の発作である。
原因は処方されているニトログリセリン関連の薬を多めに誤飲したとのことであった。
原因が分かり、そしてそのことだけが発作の理由であり、今は家にて養生していると、父の近所に住む妹より連絡が私の携帯に入った。
胸を撫で下ろしはしたが、いよいよ来る時が来ていると思った。
今後予断は許されない。これは肚を括らなければいけない。
母は痴呆も同然の身。
我が家にとっての有事に常に備えなければならない。
古くからの友人とたまに飲む機会は大事にしたいが、それ以外は勝手な言い草だが慎む。そう決めた。
実を言えば父に対しては確執がなきにしもあらずである。これが因でその血を分けた弟妹の仲もしっくり来なかった。
そうした愛想こもごもの思いが交差するが、やはり血脈がそれを凌駕する。
凡庸で浪花節的な「世にたった一人の親」という概念が、かく屁理屈めいたものを吹き飛ばす。
父のとりあえずの無事を告げた妹の声が父のそれに代わった。
「わしのことはええから、お母ちゃんがおまえの名前を繰り返して会いたがっている。会ってやってくれ」といった。
しわがれた声だった。
「火曜日にいくわ」とぶっきらぼうに応じた声が震えた。
鳥の声がした。一羽の燕が巣作りに懸命に行き交いしている。
60を前に初めて慟哭を知った。

がんばれ正恩、もういいよポール

大したもんだ、北朝鮮。日頃のあの国のどうしようもなさは少し脇に置いて。
アメリカにあそこまでよく盾突けるなあと感心する。
超大国アメリカが虎の子の空母船団を動員してまで本気になってかかっている。どこか小気味よい。
同時にアメリカにはとかく米つきバッタのようにへこへこせざるを得ないわが国が情けない。
アメリカが東シナ海から朝鮮海峡に向けて、前述の空母「カール・ビンソン」を差し向けていることが報じられ、頼もしいなあと思わざるしかない現実がなんとも悔しい。
昔、ハワイの真珠湾でアメリカの空母はともかく主力戦艦のほとんどを撃沈させた国と同じ国であることが信じられない。
戦後いいようにアメリカに転がされ、半植民地状態となり果てて今に至る。
沖縄で自国の女性が米兵に狼藉を働かれてもロクに文句ひとつ言えない。
腰を引かせながら「今後は気をつけてくださいね」ぐらいなことしか言えない。
戦争に負けるということはこういうことだ。
だから金正恩よ、やるなら勝てる喧嘩をやれと言いたい。それは無理だと自分が一番承知していることはわかるが。

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              今、話題になっている写真。おんぶされるおっちゃんの表情にどことなく恐怖から来る引きつりが。


ポール・マッカートニーまた来たんかいな。もうええやん。
これじゃ完全にかつてのポール・モーリアかベンチャーズ状態。行けば必ず大入りなので出稼ぎみたいにやってくる。
ビートルズといえば音楽というジャンルを超えた20世紀カルチャーの象徴、レジェンドみたいなものなのに、かつてリーダーであった人物にこう再々来られてはだんだんその偉大さや値打ちも色あせてくる。
ニュースで見たけど東京ドームでのコンサート、最初の第一声はいつもながらのたどたどしい日本語で「コンバンハ、トウキョウドーム。コンカイモ、ニホンゴガンバリマス。オス(押忍)!」ってやっている。
その声は完全にお爺ちゃんの声であり、そんな声でお愛想ふりまく姿は痛いの一言に尽きる。なにが「オス!」だ。
やめろやもう。「レジェンド」、「象徴」が情けない真似すんなって。
コンサートでプレイする楽曲もビートルズ時代かウィングスの頃のものが中心。
舟木一夫が「高校三年生」、にしきのあきらが「空に太陽がある限り」をコンサートで必ず唄うようなものだ。
京セラドームでポールのコンサートがあって、たとえばお金あげるから、チケットやるから観に行きましょうと誘われても行かない。
ポール・マッカートニーをこよなくリスペクトしているから、としか答えようがない。

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チューリップの隠れた名曲

今日(正確には昨日)は仕事休みで、ブログの下書きとか雑文をダイソーの2冊100円の大学ノートに書き連ねていた。バックに安物のCDデッキでチューリップ流しながら。
ちょっと開けた窓から入ってきたぬるい風が、ファンタグレープの泡をブチブチといたぶりやがる。
チューリップはじつはB面とかアルバム収録曲に案外いい曲が多い。
そのなかでも「なくした言葉」は大好きだ。
なんとなくビートルズの「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」に似ているなあって我見か、



豚肉生姜焼きで天を仰ぐ。

豚肉の生姜焼を最初に考えた人は偉い。
この料理、トンカツと同じく日本オリジナルなのだろうか、それとも豚肉を使ったたいていの料理がそうであるように出自をたどれば中国に行き当たるものだろうか。
豚バラ肉の脂身のビロビロの部分から垂れ落ちる生姜味まじりの肉汁を白い飯めがけて落としながら、やおらパクつく瞬間のときめき感といったらない。
醤油と生姜で味付けされ、それを熱気でほだした豚肉の脂身の香ばしき旨さが、口の中で飯に混ざり込んでいく課程はまさに至高のひとときで、よくぞこんな料理を思いついてくれたものだと思わず右手に箸、左手に飯茶碗を持ったまま天を仰ぎ嘆息することしばし。
だったら最初から豚肉を飯の上に乗せて、いわば丼状態で食べたらさそや美味しいと思いきや、存外それほどではないからこれまた不思議である。
付け合わせの野菜はキャベツの千切り、これに限る。
そこがトンカツにも似ておもしろい、というより豚肉の相棒はキャベツもしくは白菜が一番であると再認識させられる。
豚角煮には大根だろうが!、酢豚におけるピーマンや玉ねぎの立場は?等々声がかかりそうだが、それはこの記事の都合上あえて無視する。
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「なあ父ちゃん、『意識が高い系』ってなに?」と愚娘が訊くものだから

と、タイトルそのまんまである。では教えてやろう。
私が広告代理店に勤めていた頃にお取引頂いていた中小企業の社長さんたちの芳名を、実名登録が原則であるSNSで検索してもほとんど出てこない。
皆さん、私か私よりやや下の世代の人で「パソコンやネットが不得手だから」という言い訳は許されない、というより使えて当たり前の世代であるから、当然SNSとは何たるかをご存知であるはず。
しかるに登録すらしていない方がほとんどである。
理由は歴然としている。へんな言い方だがリアルで「リア充」だからである。
充実しすぎてリアルの人間を相手にして忙しくて、どこの馬の骨だかわからない「ネットのお友だち」とやらと繋がって遊んでいる暇なんかないのである。
ネットでことさらに「あ~忙しあ~忙し」と大昔の吉本新喜劇の谷しげるみたいなことを自分で言わなくたって、ただでさえ忙しいのである。むしろ「ふぁ~~~暇で暇でしゃ~~ない」と一度でいいからのんびり言ってみたい人たちなのだ。
社長さんたち、独立不羈と努力の人ばかりで、今の会社は自分が起業した人が7割、親譲りだが自分の代で大きくしたとまわりが認める人3割か。
誰しも若い頃から相当意識と志が高かった人たちであり、またそうでないと会社経営などやれないのだが、自分は「意識が高い」とは意識すらしなかったはずである。
だから「俺は意識が高いぜ。見てくれみんな」とSNSでアピールするという発想など起こりようがない。
そんなくだらないことにまわす時間があれば、ある社長は薄膜フィルムを計測するのにもっと高精細化を目指すことに費やし、別の社長はトランザクション処理の高速化プログラムを何回も書き直していたり、こちらの社長は金属加工において微妙で芸術的とさえ言える曲げの角度にこだわっている。
かといってこれらの作業工程のあれこれをネットにいちいち上げて「やっとうまいことやれました。これから自分へのご褒美に気に入りのお店でディナーしてきます」と、店に行きゃ行ったで料理の写真をうpして悦ぶような真似は逆立ちしてもやらない。
「おやりになったら如何ですか」と訊いたところで「なんでそんなことやらなあかんの。なんかメリットあるの。作業工程を見せる?そんなもんお得意さんに直接見せるもんでしょ。素人に見せてどないしますのん。褒美に料理?あほかいな。仕事してそのたんびに自分に褒美なんかやってたら、金がなんぼあっても足りますかいな」と至極当然な答えが返って来るだけだ。
真に意識が高い人とは、自分が目指していることや、大人として当然のことをさらっとして黙ってやってのけ、それをいちいち口に出さなくとも、まわりが勝手に認めて評価してくれる人たちのことである。
世に言う「意識高い系」とバカにされている人はこの逆で、非力でバカである自分(悲しいかな、そのことに気づいていない)を人気ラーメン屋ではないがマシマシにしてSNSを中心としてネット上で盛りたがる。
異業種交流会などでたまたまサプライズで現れた今をときめく企業(特にIT系)の社長の横にささっと近寄りぱぱっと自撮りして、その画像を載せてさもこの社長とは旧知の仲のように演出する。
夢語りはいいが「フェラーリに乗るのが夢」と臆面もなく語れる、稚気というよりたんに精神年齢が低いだけなのだが、勝手にやっとれ馬鹿かと哄(わら)いたくなるやつ。
何を夢見て頑張ろうがそりゃ本人の勝手だけど、即物的俗物的であんまり意識が高い夢とは思えんぞ。
「そういうやつのSNSの友だちをたぐっていけば類は類を呼ぶとはよく言ったもので、友だちもおんなじようなやつばっかりや」」と娘に言って講義はお開き。

AHOCA乗車券のお勧め

神戸市営地下鉄の定期券がICOCAでも発売されるようになった。
ただし、今使っている従前の磁気カード方式の定期券がそのままICOCAへ移行出来るわけではない。
今の定期券を精算して解約、あらためて新規として買い直すという形になり、デポジット代として500円プラス1500円のチャージの義務が伴う。
都合2000円の出費となるが、紛失した時にすぐにJRもしくは地下鉄の最寄りの駅で、購入時に登録した暗証番号を告げ、紛失定期券を無効化してくれるのはありがたい。
私の地下鉄定期は三宮駅とわりと乗降客数が多い某駅とを結ぶ230円区間のだから、それなりに使いでがあり、拾った奴はおそらくに届け出なく、そのままちゃっかり自分のものとして使いやがるに違いない。まったくふてぇ野郎だ。
高額な定期代もさることながら、拾得者が「でひひひひ」と、ほくそ笑みながら使いくさりやがってと思ったら、それはそれはもう悔しくて仕方がない。
夜毎涙で枕を濡らし、ハンカチを奥歯で噛みちぎり、この恨み晴らさずにおくべきかと身体全体を瘧のようにうち震えさせる毎日であろう、とまだ落としも紛失もしていないが確信をもって言える。
これを想像怒りという。そのまんまやんけな名前であるが、思い出し怒りとともに持って行きようのない怒りの双璧である。
思わず地下鉄の車内で一人「落としたら悔しいやんけ!」と絶叫したものである。
2000円という濫觴の出銭を保険ととらえ、ICOCAで地下鉄もいこかと思案投げ首である。
ところで「AHOCA」というICカード乗車券もある。
これは定期券では発行されない。当日有効の普通乗車券のみで販売されている。
よほどの鉄道オタクでもなかなか入手しにくい。
発売日や発売駅の告知もなく、JRを含む関西全鉄道のどこかの駅で年に1日だけ売り出されるICカード乗車券である。
1枚100円。有効期間は1日。JRの「大阪都市近郊区間」、関西民鉄の「ぐるっと関西」区間内であればどの鉄道路線でも乗車可能である。
問題は降車時である。買った人間がツイていれば無料で改札を通れる。そうでなければなんと10000円の乗り越し運賃が請求される。
極端な話、JRの有効区間の最西端である播州赤穂駅から乗り、JR赤穂線、山陽・東海道本線をたどって京都駅まで乗り、そこで近鉄の京都線に乗り換えて、同大阪線山田線を乗り継いで伊勢駅まで行っても0円で済めば、大阪市営地下鉄御堂筋線梅田駅から乗車、一駅隣の淀屋橋で降りて10000円取られるということもあり得る。
まことにギャンブルマインドに溢れた乗車券なのだ。
10000円を支払うのは不服として自動改札の閉じられたバーを強行突破すれば、ドローンが「あほか。運賃払え払わんか」との電子音声を伴い、無賃乗車した不心得者をどこまでも追いかけていくという恐怖の乗車券でもある。
このドローンがまことに精緻巧妙に出来ており、ホバリングしながら10台の小さなドローンに分裂する。
CDよりひとまわり小さいサイズのドローンが、ターゲットをどんな細い路地のみならず屋内までまるで蚊の如くブーンブーンと唸りながら追いかけてくる。
何かをぶつけたり、手を伸ばして墜とそうとしても無駄で、中に仕掛けられたパチンコ玉を雨霰のように連射してくる。私も経験があるがあれを浴びせられた時の痛さといったらない。
AHOCAの名前の由来はICOCAから来ていると思われがちだが、実は古代中国に棲息していたと今に伝わる「阿房蚊」にちなんでいる。
関西弁の「あほ」の語源は、秦の始皇帝の「阿房宮」であるがそれと同じなのだ。
運験しに1枚買われては如何かとお勧めする次第ではある。あほか。

塩焼きそば讃

焼きそばはソース焼きそばより塩や醤油で味付けた焼きそばが好きだ。
塩焼きそばは淀屋橋にある、昼は大衆食堂、夜は居酒屋になる「京家」という店でその味を知った。
醤油系は「餃子の王将」の焼きそば。王将に行けば餃子と焼きそばとビール、とりあえずこの3点セットを注文する。
どちらの焼きそばも家庭で再現出来そうで、微妙にそれは無理なことだと思い知る。
素人の誰もが家庭で簡単に作れるものでお金は取れないよ、と言われているようだ。
塩焼きそばは塩とわずかにオイスターソース、そして味の素で調味する。
ソース焼きそば、あれはソースが完全に独裁者然として中華麺を抑圧しているが、塩や醤油のはそれらが下支えしながら、本来は邪魔なはずの中華麺の鹹水くささにいいアクセントを与えて美味く感じる。
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尋常ならざる頭痛(あたまいた)に慄く。

昨日は三宮で飲んだ。
宴は夕方にお披楽喜となり、一人となり、センター街のジュンク堂で立ち読みをしていたら、頭の芯から前頭部右側にかけて急にズキズキと痛みだしてきた。
酒を飲んだ後は多少なりとも頭痛がするものだが、此度の痛さは尋常ではない痛みであり種類のものだった。
ジュンク堂当該店は、センター街を見下ろせるはめ殺しの掃き出し窓の下部に腰掛けのような縁をしつらえているが、酒の酔いでないよろめきでふらつく足をなんとかそこまで運び、へたりこむようにそこへ尻を下ろした。
痛む頭を抱えてしばらくうなだれていたのだが、「脳梗塞、脳内出血、脳血栓破裂、くも膜下出血、死ぬかヨイヨイか」と呪文のように声にもならぬ声でリフレインする。
とにかく落ち着け、まずはゆっくりと深呼吸、と言い聞かせてそれをくりかえしているうちに痛みは緩和されてきた。
そうして20分ほどうなだれポースでいたが、ほとんど痛みを感じなくなりようやく頭を上げた。
ゆっくりと立ち上がるとふらつきもない。恐る恐る歩き出す。なんとか歩けるようだ。
しかし地下鉄駅まで歩くのはつらい。センター街から地下鉄三宮駅まで腹立つくらい離れとる。ここらへんが大阪梅田と違うところで、梅田はJR大阪駅、阪急、阪神各梅田駅、地下鉄御堂筋線梅田駅谷町線東梅田駅四つ橋線西梅田駅と6つもの駅が角突き合わせるかのように近接している。せやから神戸は田舎やっちゅうねん。
神戸からすればまったく理不尽なことを毒づきながら、久しぶりに三宮からJRを利用した。快速電車に乗れば乗り換えなしでまっすぐに自宅最寄り駅まで帰れる。
ちょうど退勤時のラッシュ。三宮駅の夕方ラッシュ時の下りホームは相も変わらず殺人的な飽和状態。よくまあこれで事故が起こらないことだと思う。
この時間帯の快速は10両か12両編成。運用車両は221系か223系。それぞれ6連+4連、8連+4連の編成で入線してくる。
223系より221系の方が、1両あたりの座席数が若干多い設計になっているから、白い電車の12両が来るまでホームの東端で待つ。最後尾車両に乗れば確実に座れることを経験上知っている。
スーツを着た人で溢れているホームをぼんやりと眺めていると、大阪で勤めていた頃を否が応でも思い出す。「あ、部長、その件でしたら後ほどメールお入れしますわ」とかなんとか携帯の通話が聴こえてくれば「あんなこと俺もやってたやってたなあ。それが今はなんやねん。本来なら俺も50代最後の年とはいえ男の仕事盛りやんけ。ふん。アホがええ気になって平日の昼間から酒くろて頭イタタタでウロが来てくさる。さっきの頭痛が因で救急車呼ばれてなんて事態になりゃええ恥さらしやがな」と自嘲する。
あの尋常ならざる頭痛のひとときはもしかして警告かも知れない。天が「注意したるのはこれが最後やで。ええかげんしとけよ。後は知らんぞ」とばかりに。
と思いたくもなるような痛さだった。小心で器量度量ともに褊狭たる私は帰宅後、入浴も恐恐とそこそこに倉皇として寝床に退散したのであった。

にっぽんのあさめし

鯵の開きに大根おろし、味噌汁はかかせません。
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文化や芸術を数値化出来る人らしい。

指の曲げ方が「文化はゼニや、コスパや」と見えるのは私だけ?
吐き気がした。
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こういう街なんです。

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花の盛り。

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真央ちゃん、ご苦労様でした。

浅田真央引退会見を見る。
この人ほど日本の老若男女まんべんなく愛されたアスリートはいないのではないか。
スケートなんか知りませんという人でも彼女を知らない人はまずいない。
顔でずいぶん得をしている。美女でもなくブサイクでもなし、どこかおっとりと茫漠とした面持ちは嫌味がない。
見ていて飽きが来ない顔だ。
わしが30歳若けりゃ嫁にしてやってもええぞと、あほなジジイビギナーをして自惚れさせる顔だ。
同じスケート選手の安藤美姫や村主章枝の美女だが、あのクドイ顔は2時間も見ていればうんざりする。
子供の頃から天才性を発揮、やがて氷上の女王として男女を超えた日本のスケート界に君臨、斯界を牽引してきた超大物らしさがどこにもない。
今なお「真央ちゃん」と子供にまで親しく「ちゃん」付けで呼ばれている。女王ちゃんなのだ。
町内にいくらでもいるおねえちゃんみたいな人はメディア各社のインタビューに素直に率直に自分の言葉で淡々と答えて、時折感極まってグッと涙をこらえ…ここんとこが日本人の琴線に触れるわけですな。
8286d6d2会見場になぜか(笑)「しんぶん赤旗」の記者まで来ていて「キム・ヨナについてどう思うか」と訊かずもがなな無粋な質問をぶつけていたが、真央ちゃんは華麗にすっと流して答えていた。
鎧袖一触。女王の片鱗をちらっと見せたのはさすがだと魅せた。
どうでもいいが、ニュースを伝える各局のアナウンサーやキャスター、ワイドショーの司会者たちが申し合わせたかのように、誰もが「浅田真央選手、お疲れ様でした」と締めくくっていたが、この場合の「お疲れ様でした」には違和感を抱く。
原則をいえば「お疲れ様」は下位者が上位者に向かって遣うねぎらいの言葉、あるいは同僚同士仕事の合間の連絡や退勤時に交わし合う挨拶語みたいなものだが、安易に遣いすぎだ。
真央ちゃんの場合はあえて心をこめて「ご苦労様でした」でいいではないかい。
日の丸背負っての重責、両肩にナショナリズムに重くのしかかられての五輪出場、そんなこんなで苛烈なまでのプレッシャーの下でベストを尽くしてきた人の苦労を称えるために私は「本当にご苦労様でした。これからはゆっくりしてちょうだいね」と労いたい。
しかし26歳の「女の子」に「若い人らがどんどん出てきて」と言わしめるスケートの世界の世代交代の早さには驚くばかり。
男子スケート界も羽生結弦選手は23歳にしてすでにベテランの域だというのだから。
なんかこないだ出てきたばかりの子だと思っていたら早くも次代のスターが生まれているらしい。いやはや。


筒井康隆炎上

筒井康隆が久しぶりにやってくれた。
「従軍慰安婦像に射精してザーメンまみれにしてやれ」とツイートしたところ、筒井が狙った通りに炎上。
このツイートに怒りまくった、彼の著作を韓国語で出しているあちらの出版社から三行半を叩きつけられた。
これまた計算ずくであったわい、うはははははは。わははははは。ひひひひひ。と私が住まう隣の区の高台にある作家の豪邸の奥から高笑いが聴こえそうだ。
なにせ、過去にてんかん患者が交通事故を起こす作品で物議を醸し、言論狩りにも似た患者団体の抗議に抗議する形で断筆宣言までやってのけた作家である。
表現のタブーに挑んできた人だけに今回の騒擾もさもありなん。
紙媒体への断筆の期間中も自身のホムペ限定で「めくら」「つんぼ」「おし」の「差別用語」を散りばめた作品をアップして意気軒昂たらしめていたのだから。
四方八方誰をも傷つけることなく丸くおさまる表現活動なんてありえない、と私は常々思っていたから、さすがは筒井だなあと快哉した記憶がある。image
今回も慰安婦という言葉から「従軍」だとか「韓国・朝鮮人」をはぎ取り、慰安婦=おのが性を切り売りする商売として見た場合、当然それは精液まみれになることが必然となる仕事であり、それをいちいちフィギュア化して当てつけがましく、非礼にも他国の大使館の前におっ立てて政治外交問題に結びつけ矮小化してしまうことを嗤ったに過ぎないと、長嶺駐韓大使が帰任したこと(そのことはツイートの前段に記されている)は日本政府がその矮小化を図らずも容認した形になったことへの抗議でもあると、僭越ながら凡愚の私は天才作家の胸中を推し量っている。
作家がツイートを削除したのは、そのあたりが理解出来ない人たちに対応するのもめんどくさいからだけであって、けっして浅薄な上っ面しかみない世論に屈したわけではなく、現にネットで公開中の「偽文士日碌」という彼の日記の4月4日付け日記文中には問題のツイート全文がそのまま記載されている。
久々に筒井康隆が読みたくなってきた。どうでもいいことだが、たまには垂水駅前をお散歩してくださいな。筒井先生。

昭和の御代よ戻ってこい。

火曜日の朝、電車の窓越しに須磨浦公園の桜を見たが、ほとんど咲いていなかった。
昨日の水曜日も含め、気温は高かったが、わずか2日で一斉に開花したとは思えない。
花見のお誘いもないことはなかったが、行ったところで蕾だけを見せられてはたまらないし、それよりもここ一週間続いている禁煙の日々が、外出すれば喫煙欲が鎌首をもたげてくることで途切れるのが厭さに断った。
禁煙は5日がヤマだとよく言われるところだが、人それぞれで私の場合は8日目となる今も煙草をふかすあの快感の記憶がなかなか去ってくれない。
それもニコレットを噛みながら、やっとこさ抑えている状態である。過去の2度の禁煙の経験からしてやはり10日~2週間は見ておかないとと思う。
よってこの2日、ひたすら家にこもり、パソコンいじりに読書三昧の時を過ごした。
某動画配信サイトの無料お試し1ヶ月コースを利用して、松田優作の「最も危険な遊戯」を観た。柴田恭兵が柴田恭平の名前でチョイ役で出ていた。優作がカッコよかったのはもちろんだが、恭兵もすでにカッコいい男のオーラを醸しだしていたのはさすがである。
indexただ40年近く前の映画である。日本の男性の喫煙率が80%という今では想像もつかない時代の作品。煙草を吸うシーンが当たり前のようにやたらに出てくる。
優作の喫煙姿は、現在禁煙中のつらい身ながら観ていて惚れ惚れする。まさに「男」が「男」、「女」が「女」でいられたいい時代でもあったわけだ。
同性のカップルが当たり前のように世に受け入れられる今はそれはそれでいいかも知れないが、大阪市が男性カップルでも里親になってもよいと判断したことはちょっとなあが正直な感想である。
育児というもの細かいところまで神経を行き届かせなくてはならない大事業で、神経の細やかさはどう見ても女の方が男より一頭地を抜いている。
と言ったら、母親に虐待されて育つより子供を本当に愛せる男なら別にいいではないかい、女だから育児に向いて男だから育児に向いていないなんて勝手な決めつけ、それこそ偏見である、とウチの女どもからかまびすしい総攻撃を食らってしまったが、うるせーわ。ここは譲れない。それとも俺の頭が古くて固いのか…。
聞き分けのない嫁と娘の頬をひとつふたつ張り倒し~…優作あんたの時代はよかった。男がピカピカのキザでいられた~♪。てな歌があったが、前出の映画と同じ頃に流行ったなあ。あんな歌は今は囁くようにしてしか歌えないなあ。
いやはやこの年にして、なんともまあ「ヘンな時代」を迎えることになったものだ。わたくしどもはもうついてはいけない。古き良き昭和の御代よ出来ることなら戻って来い。
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