2017年02月

築1万年の家を見て帰る。

昨日よりの寒さのやわらぎが今日へと続く。木曜金曜には昼間は17℃ぐらいまで上昇するとか。しかし週末はまた寒気が下りてくるという。
たしかに三寒四温だわな。2月も半ばになり春への寒暖のサイクルはほぼ規則的になっている。
今かけている眼鏡は今年の夏で丸5年の使用となる。黒色のセルフレームだから色落ちが激しくなってきた。
セルフレームの色落ちの応急処置には研磨剤入りの歯磨き粉が有効で、私はセッチマを歯ブラシに少量つけて、問題の部分をホコリを払うかのようにこすりつけては離す。完全に解消はされないがかなり復元出来る。
それはそれとして、そろそろ眼鏡をレンズごと買い換えたい。
老眼の進み行き具合が激しく、新聞雑誌書籍書類チラシスマホの画面これすべて裸眼を思いきり近づけないと見えない。
それ以外を見る時はつい眼鏡を下にずらし、上目遣いにジロという目つきで見てしまう。その時無意識に口は閉じてへの字の線を描いている。
これでは完全に典型的なオジイチャン、それも頑迷固陋という四字熟語付きのうるさ型、いつも何かに腹を立て、ちょっとしたことで瞬間湯沸かし器よろしく怒りが爆発して「けしからん!なっとらん!責任者呼べ~」と一人で喚いている、よくありがちな爺さんのそれである。
次の眼鏡はかねてから念願のジョン・レノンのあの丸眼鏡型にしようかと言えば、家人は「何がジョン・レノンや。あんたが丸い眼鏡かけたら田舎の学校の校長センセやわ」と嗤い、私の男前プライドをズタズタにしてくれた。
近くのスーパーへ行った後、天気がいいので遠回りして帰る。遠回りの帰途、なんと築1万年の住宅が展示されていた。こんなもの誰が買い住むのだろう。
南天(と思う)と梅(これも、そう思う)、それと海峡(これは誰が見ても間違いない)が、早い春のまだ幼なすぎる陽光に温められている、2月の静かな昼下がりの遠回りだった。
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ネットの進化、人間の退化

昨日の夕方、それまで晴れていたのが一天にわかにかき曇り西の方から厚ぼったい雲があっという拡まったかと思うと雪が斜めの線を描いてちらついた。
小一時間ほどでそれは収まったが、これがなごりの雪になればと思うのはまだまだ早計であろう。
しかしここのところ、日差しそのものには暖かみが増しただけでも光の春が到来している証左で、春に向かっているのはたしかであるが。
早朝のテレビで「ぐるなび」の社長が紹介されていた。インターネット(以下、ネット)黎明期に早くも今のネットビジネスモデルを創りあげたという。
1996年のことである。当時社長は50代半ば。元々コンピュータいじり好きだという素地があったとはいえ、あの時代に50年配で、ネットが今にメディアの中枢となることに賭けたのは非凡という他はない。
ちょうど同じ頃に40代手前であった私もパソコン通信からネットに軸足を移していた頃で、マシンはIBM製のAptivaなるコンシューマ向けパソコン、OSはWindows3.1でブラウザはNetscape Navigator、通称「ネスケ」や、当時パソコン通信のガリバー的存在であったニフティサーブのパソ通専用ブラウザ「Nifty Manager」を通じてWeb1.0時代のネットにしこしことアクセスしていたものである。1995_0927_NIFTYManager_m
HTML言語で簡単なプログラムを書き、それをFTPでネットに上げてはパソ通で知り合った同好の士と「見せ合いっこ」をして喜んでいたというのだから無邪気なものだった。
あの時に「ぐるなび」社長のように目のつけどころが人と違っていたならば今頃私とて…、と詮無くホロ苦い笑い感慨を抱いたものである。
今や老若男女賢者愚者問わず、HTMLやCSSなど知らずとも、どころかOSやブラウザって何やのん?と驚愕すべきことを平気で口にするオッサンオバハンですら、ごく自然に当たり前のように指先ひとつでネットに触れている。
時代は変わったものだとつくづく思う。そのことの是非は措いて。
元女性アイドル歌手が踏み切り内に無断で立ち入って、友人とのツーショットの画像を自分のブログを通じてネットにアップしたことで警察が動き出し、元アイドルが謝罪したというが、時効だから書くが、私も同じようなことをしでかしたことがある。
JR線と民鉄線が平行している区間で、両者の車両が並列して走る様が撮りたく、片棒型の遮断機が下りている踏切内につい足を入れてしまったところ、前方からやってくる列車の車掌が身を乗り出し、こちらに向かって手を振って「入るな!」と告げている。
車掌の指示はもっともであわてて私は遮断機外に足を引っ込めた。当時の撮り鉄は今の一部の無法撮り鉄のバカタレどもとは違い、自分のおこないが子供でも理解できる間違いであること承知していたので、遮断機ごしに目の前を通過する車掌に向かって手を合わせ「すんません、ごめんなさい」と大きな声で謝り倉皇としてその場から退去したものである。
たとえ片足だけとはいえ遮断機内に入れた私という馬鹿者のせいで列車が速度を落さざるを得ず、その結果ダイヤが乱れ、という事態に至れば目も剥くような損害賠償の請求書が来る。もちろん警察も黙ってはいない。
それを考えると家に帰ってからもそこは生来の小心者、胸の鼓動止まらず、以来あんなことは二度とやっていなし当然やる気もしないが。
あの頃、TwitterやInstagramなどあるわけもなく、したがって今のように電車の中でうかつに鼻もほじれない、SNSツールを使った、言葉は悪いが「一億総チクリ相互監視社会」到来など夢にも思わなかったから、かのような愚行をしでかしてしまったのだが。
それを考えると先述した「時代は変わった」感がぐっと増す。しかし馬鹿げた行いをネットに載せて関西弁でいう「いちびり」を不特定多数に披露すればどういう結果になるか、そんなことすらわからない輩が増えているということは、ネットの進化と見事に反比例して人間そのものがおそろしく退化しているという実感は否めないところではある。

街の中の森

晴れ時々くもり。厳寒変わらず。ただ予報された雪はちらつきもせず。
読む本がないので押入れから松本清張「地の骨」を取り出し読む。自分が作成した入試問題原案を情事の後、女と乗ったタクシーの中に忘れてきたというのが小説のオープニング。そこから名門私立大学内における教授や理事たちの派閥争いの人間模様が描かれていく。
30年ほど前に一度読了しているが、おおまかなストーリーは覚えているものの細部はすっかり忘れている。
清張といい乱歩といい日本の推理小説のマイルストーン、エポックメイキングな作家はその短編群は秀作揃いだが長編はほとんど駄作が多いという不思議な一致をみる。
「地の骨」も同様。ご都合主義的なストーリー展開はもはや清張長編の「芸」のひとつである。
部屋に閉じこもって本ばかり読んでいると体がなまって仕方がないのだが、さりとてこの寒さでは散歩に出る気もしない。
私の家の近所は高低の起伏にとんだ雑木林が多く散歩に好適で、いわゆる街の中の「森」にことかかない。
街並みの中の森は気楽に日常から非日常に入り込める場所だ。DSCN5265
幽霊お化けその他狐狸妖怪の存在などいっさい信じない私であるが、街の中の森に入るとなぜか妙にそういう類に出くわすかもしれないと思えるから不思議である。
街路から直接見やる太陽よりも、木々の間に垣間見える太陽は森のあちらこちらをまばらに照らしだし、木々たちには精霊が宿り、その呼び声で名も知らない草花から妖精たちが出てきそうな錯覚にとらわれたりする。
森の向こうに日常のシンボリックの最たるものであるスーパーの看板が見えているというのにこのチグハグ感はなんだろう。
もう少し暖かくなればこの不可思議なチグハグ感を味わうために出かけよう。

空気の変化がわからない鈍感力こそ最強。

寒いというのはもう書き飽きた。兵庫県南部でも雪がちらつくという予報があったが、まさにその通りとなりそうな朝からの気温の低さである。
三寒四温というが、先週末のわりと温暖だった日和が、誰かさんのなんとかの一つ覚えである「Fake News!」であったかのように。image
空気の寒暖の変わりよう、落差に少しでも敏感な人ほど風邪をひきやすいのは当たり前。
逆に鈍感な人間は幸いなるかなである。空気の変化に気づかずにいられるから、凍てつく寒気にも平気の平左、たとえ少々薄着をしても風邪をひかないのだろう。
上に下着やネルシャツ、セーターを含め4~5枚を重ね着、下も厚めの紳士用のスパッツを履きこみ、その裾を登山用かと紛いそうなこれもまた分厚い靴下で巻き込んで、今ところなんとか風邪の侵入を防いでいる私にとっては、鈍感力の塊は冬の最中でもTシャツと短パンだけで歩けるんだろうなと羨ましい限り。
昨日の夕方あたりから妻と娘がチョコレート作りに励んでいる。毎年おなじことを飽きずにやっている。チョコレートの甘い匂いが茅屋の中を漂って消えない。
バレンタインデーまで短い。この日本独特の風物詩的な年中行事としてすっかり定着したイベントのCMは未だ「女子学生が憧れのクラスメートや部活の先輩男子に恋の告白の代わりにチョコレートを食べて」という、今の時代に少女漫画も鼻もひっかけないシチュエーションが圧倒的に多い。
時代錯誤もいいところである。私ら60代突入目前の世代が中高生の頃じゃあるまいし、今は同性の友人同士、女性だけでなく男性の友人同士の交換もあると聞く。家人たちのチョコも友達にあげるものだとのこと。また自分が頑張ったご褒美として1粒1000円もするような高級チョコを買って自分で食べるケースも多い。
バレンタインなど日本の菓子業界の陰謀で踊らされているだけ、日本人だけだけだよ、あんなもので騒いでいるのは、という意見もあるが、まあお祭りみたいなもんでええんでないの、それだけ消費も増えて市中にお金が廻っているけど。もっともそうやってチョコレートが産み出した、循環するお金の甘い味は結局最後にはお金持ちだけが味わえるようになっているのだけど。

銀行に財布忘れて令夫人に拾われる。

とにかく寒い。雨は昼過ぎに上がったが寒気ますます募る。予報通り今週末は肚を決めておかなければならぬ極寒に襲われそうだ。
雨小ぶりとなった時、家ちかくの銀行に所用があって出向く。銀行から出てスーパーに入って買い物しようとスエットの後ろポケットを探ったら財布がない。
さては銀行ATMコーナーで忘れてきたかと小走りで銀行に戻る。
窓口で財布の拾得の有無を確認すると、窓口嬢がお客様の後ろに座ってらっしゃる方が届けて下さいましたよ、と言うものだから、慌てて振り向くと長椅子に腰かけているご婦人がにっこりと首肯する。
思わず、居ずまいを正してほぼ直立不動となり、深々と頭を下げお礼を申し上げた。そして「お礼をいくらか…」と言いかけてやめた。
ご婦人のいでたちは誰が見ても高価なものとわかるキャラメルカラーのレザーハーフコート、襟元のマフラーはワインカラー地に縫い込まれた紋様からしてあれはたしかヴィヴィアンなんちゃらとかいう英国ブランドものと推定、お顔立ちだけでなく醸しだす上品オーラは、どストライクで「令夫人」という言葉が似合う女性である。
こちらとて、きれいに整えられた口ひげのひとつも生やし、今どき死語であるがロマンスグレーの頭髪をゆったりと分けて、オールカシミアのロングコートでもまとい、懐中にてダンヒルの長財布が何十枚かの万札で丸みを帯び、カードポケットにはアメックスやダイナースクラブ、VISAあたりのブラックカードがずらりんこと燦然と並んでいるといった日々の生活を常に莞爾と微笑んで送っていられる、物心ともに余裕というものが佃煮にするほどある身ならば、ここはひとつ「奥様、誠にありがとうございました。お陰さまで助かりました。お礼にと申し上げたら大変に不躾で失礼ですが如何でしょう、ちょうど時分時です、この近所のホテルのレストランでランチの粗餐を差し上げたいのですが、エスコートさせてくださいませんか」くらいはしゃらっと言えるのだが、悲しいことになにせ緩みに緩みまくりのスエット上下、化繊のセーターとこれまた化繊ダウンのジャンパーを着こみサンダル履きの靴下はずれそうで、どこからどう見ても小汚い貧民オヤジの顔半分は一昨日から剃っていない無精髭が覆っていると来たもんだ。
忘れた財布の現金738円のみ、カード類ちゃあヤマダやヨドバシあとはファミマの、つまりはポイントカードばかりが無造作に差し込んである折財布、スーパーの小物コーナーのワゴンで1000~2000円くらいで売られていたブツである。
おそらくかの令夫人もATMの上の棚みたいな場所に置き忘れられたこいつをおそらくきちゃないものをつまむような手つきで窓口まで「お忘れになっているみたいですよ」と運んでくだっすったと拝察申し上げる。
それがなんだってえ?「お礼に…」と言いかけただってぇ~?どの口でそんな気の利いたことを言おうとしてたんだ、ああん?おまえさんがそんなことを令夫人に言うこと自体、いやいや考えた時点で失礼の極みっだってーの、やめとけってーの、という自嘲の念が一瞬の判断となり言葉だけのお礼とさせていただいたのである。どこの令夫人かは存じあげないが、この場を借りて再度深謝申し上げる。
弁当と書いているうちに窓外より陽光射しみ、室内もそれにつれてやや暖かくなってきた。今日は弁当持参で外に出る。

二日酔い解消のために書いた。

晴れ時々曇り。朝からの冷え込みのきついこと。
エアコンの設定温度を27℃にしてところで、手指のかじかみがなくなり背中がやや温かい程度。築ウン十年の安マンションは古い分だけ隙間も多い。
お金があれば神戸なら三宮あたりの高級タワーマンション、あるいは灘区東灘区その隣の芦屋の山手のマンションに移り住みたいが、サマーや年末ジャンボ宝くじが当たらない限り夢の夢。IMG_0026
という前ふりを書いたのは、昨夕その山の手の高級住宅街のマンションに住む人を訪ねて友人と出向いたのである。
日没後のこととて街の面貌ははっきりわからないとはいえ、居並ぶ戸建てはいかにもお金持ち住んでます泥棒に入ったら大型犬吠えますセコムALSOK飛んで来ますと言いたげに黒いシルエットをまだ遠い春の闇の中で浮かび上がらせている。
マンションも高級住宅地にありがちな景観規制のためか知らないが軒高は低め。その分というのか、一室一室間取りが大きそうでほとんどのエントランスはオートロックとなっている。居住者がロックを解除して入るその背中に「くっつき虫さんダヨ!許してね」とおどけながらペタッと引っ付いて入り込むしか正面からの侵入方法はない。
人に道を尋ねながらやっと行き当てたマンション。そのエントランスはオートロックではないが、たっぷりとスペースを取っている。しかもエントランスの窓越しに見えるパーキング。おおあれはジャグアーではないかい、その隣はうわ!ランボルギーニ。豪儀なもんだな、あそこにはシトロエンとは渋いねえ粋だねえ、そこへいくってえとうちのマンションなんぞはええとタントだろ、カローラにオフロード、ステップワゴンだったかな、それら国産車オーナーには失礼だがやっぱり見劣りするねえ、しっかりしろいもっと稼がんかい、とクルマどころか免許もない私がエラソーに何を言うか!
マンションの一室から出てきた女子というより女史とは先週も呑んだ。今週は連れもってやってきた友人と合わせて都合3人、最寄りの駅前の焼き鳥屋へと消えていった次第である。
帰宅したのは日付が変わってから。先程まで二日酔いの頭を抱えて唸っていた。えいや!と跳ね起きてキーボードで心に移り行くよしなしごとをこうして綴っていくうち、幾分か脳細胞が活気づいてきた。
脳細胞といえば灰色の脳細胞名探偵ポワロ、そういえば件の焼き鳥屋でクリスティの「アクロイド殺人事件」についてああだこうだと論じていたのを今思い出した。
典型的な「先にやったもの勝ち」トリックであまりにも有名な作品。誰でも思いつきそうなトリックと言えないことはないが、伏線も含めたコンテクストを巧妙に構築しておかないとアンフェアと謗りを受ける羽目になる。
カーとともにクリスティもこよなく愛しリスペクトしていた横溝正史がある作品でこのトリックに挑んだが、角川文庫のその作品を3分の1ほど読んだところで「ああ、これはあれやな~」と得意気に見破った生意気盛りの高校生が42年前にいた。
その高校生は「俺ってもしかして天才かもわからんなあ。測ったことないけどIQ200はあるんとちゃうか」と本気で思っていたらしい。生きているとしたらどこでどうしていることやら、どうせたいしたおっさんにはなっていないだろうな。

嫉妬と猜疑心の塊のまま墓場へ行く。

未明から起きて、この時間帯特有の通信販売の長尺CMを寝ぼけ眼でだらだら見ながら、のそのそ着換えをする。
テレビはやがて各局本日一番のニュース番組放映の時間帯と移る。
凶もしくは狂の字が頭に付く寒波が日本列島をすっぽり覆っていると報じている。
列島各地のリアルタイムの絵に「どこそこは昨日の夜からよく冷えています」などとアナウンサーなりキャスターが言う。
「よく冷えてます」か。そういえば昔の喫茶店の入り口に「冷房運転中。店内もスイカもよく冷えてます。かき氷やってます」みたいな貼り紙がしてあったなあと「ひょんな」といった感じで思い出す。
「冷房中」「冷やしスイカ」といった言葉から遠ざかって久しい。その手の惹句に釣られた父親に連れられて喫茶店に入り、店の一段と高い場所で鎮座ましますテレヴィジョンの角の丸い画面の中で、高校野球中継を観ていた記憶がある。
当時は小学高学年。喫茶店という場所に初めて入って、ちょっと大人になった気分。学校で級友たちに「喫茶店に行ったんやで」と、さぞかし今でいうドヤな顔つきで自慢していたのだろう、と容易に想像がついてほぼ50年の時を隔てた自分が突如眼前に現れたようで苦笑してしまった。
あの頃は物象のすべてを素直に自然に精神が吸収し何の疑いもなく消化していた。
大人になるにつれていらぬ方に知恵がつき、自分の未熟さと経験知の不足を、雑食的に読み重ねた本を通じ得て歪に鍛えられた想像力のみで補完する癖が乗ずるにつれ、心に徐々にひずみというものが出てくる。
虚心坦懐に物事を捉えることが困難になり、それが人によく指摘されるところの「自意識過剰」の増幅へとつながったと自己分析してみる。
人の心理をさきほど叙したいささか不健全な想像力でもって勝手に先回りして憶測し、時として「よくまあそんな風に解釈できるなあ。何もそんな風に思っていないのに」と呆れられることもしばし。
呆れはやがて私に対する嫌悪となり、これが人にあまり好かれる方でない人格を形成し、性格に角がこびりついて離れず、嫉妬と猜疑心を生み出す土壌となってこの年まで来てしまった。
すべてを達観し解脱の状態となり、心穏やかに過ごせるようになるにはもう遅すぎるだろう。
父親に喫茶店に連れて行ってもらったことを単純に喜んでいたイノセントな少年は、あっという間に私の前から消えていった。
少年は消えていく刹那くるりとこちらを振り向いた。それは顔じゅうに醜悪な皺を刻みつけ、上目遣いの三白眼は人の真意や肚を探るかのように底光りしていた。image
少年はしゃがれた声で哄笑とともに「これが今のおまえだ、そしてこれからのおまえだ」と言うなり消えた。立ち尽くすしか私は為すすべがなかったのだ。

寒い日はひたすら本を読むに限る。

晴れ時々曇り。時折朔風強く吹きつのる。今週末には今冬最厳の寒気襲来とのこと。
3連休にかぶり、ウインタースポーツ愛好者や彼ら彼女らにお金をうんと落としてもらわんと願う関係あきんどのほくそ笑みが目に浮かぶ。
この大寒気、スキーやスノボ、スケートなんぞに爪の先ほどの興味もない私にとっては迷惑千万のみ。
しかし寒暖の移り変わりのリズムがサン、カン、シ、オン、サン、カン、シ、オンと刻み始めているようで、わずかずつであるが春に近づいているの確実。
IMG_20170206_141235寒い日は家に閉じこもってひたすら読書を決め込む。日光を出来るだけ浴びた方が体にいいのはわかっているが、それは冬にしては比較的暖かい日に限ったこと。「寒い」に「クソ」がつく日にノコノコ出かけて風邪など伝染されなどしたら堪ったものではない。

…結局かれはどういう結論にいたったかというと、アメリカ人は一様化、単一化をまぬがれねばならぬということです。アメリカ人には一様化する傾向がある。アメリカ人にはそういう一様化の情熱がある(-引用者略-)たしかに非常に狂気じみた激しい高揚にむかって、自分たちを一様化してゆくことは、おおいにありうることでしょう。しかし、こうした一様化の情熱こそがアメリカ人を毒する、そしてそれこそが―diversityという言葉をエリソンはもちいますが、このdiversity、多様性ということこそ大切なのだ、われわれがまもってゆくべきことなのだ、人間に様ざまな要素を保持させることだ。そうすれば独裁国家など生まれはしないだろう。アメリカ人が、今後生き延びてゆくためには、アメリカ人が持っている多様性、それぞれの人間が持っている白人の多様性、黒人の多様性というものを生かしてながら生きていくことなんじゃないか、それこそがアメリカの希望だというふうに…
ラルフ・エリソンというアメリカの黒人作家が世に問うた長編「見えない人間」で、アメリカの将来をこのように結論づけた、と大江健三郎が半世紀前の自分の講演を一冊にまとめた『核時代の想像力』の中で紹介している。
野蛮な反知性主義の最悪のサンプルであるドナルド・トランプが引き起こした今のアメリカの惨憺たる状況を予見し警鐘を鳴らしているかのようである。
トランプの一連のイスラム圏各国を軸とした移民・難民入国制限策を支持するアメリカ人は国の半分を占める。おそらくエリソンがいうところの「白人」たちがほとんどなのだろう。
新大統領が一つ覚えのように「アメリカファースト」と叫ぶが、本音は「White People of USA First」であることが丸見えである。
なんてことを偉そうに言えるかな私も含めた日本国の人は、と自問自答しているとうつむかざるを得ない。

朝めしの流れで学校の給食思い出す。

昨日は立春にふさわしい、終日よく晴れておだやかな一日だったが、今日は一転、早朝から冷たい雨がしょぼ降る。
IMG_20170205_102037朝食はニッポンの朝食らしい朝食といえばそうなるか。ご飯、明太子、味噌汁、塩鮭の焼いたの、揚げ出し豆腐、玉子焼き(形が崩れておるが笑)、高菜漬。
めったにパン食はしない。私の場合、どうもパンと相性が悪いらしく、どんな種類のパンであってもだいたい胸焼けを起こす。昔、小学校で食べさせられたコッペパンのトラウマを未だ引きずっているのかも知れない。
とにもかくにもあれは不味かった。固くて味気がなくてどうしても好きになれなかった。そこへもって脱脂粉乳に鯨のカツが毎日のように続く。それらを残さず食べることを強制されたのだ。完食しないと昼休みはなし。泣きながら食べた記憶が今もある。あの頃のボクのなんといういじらしさ!いたいけさ!…
好き嫌いをなくす教育の一環だったかもしれないがあれでは逆効果だ。学校教育というもの昔も今もどこか間が抜けてスカタンな部分がある。
世の中のオッサンオバハンにはあの昔の学校給食を懐かしがるだけでなく食べたがるという物好きな奇特な人が結構いて、昭和の学校給食メニューばかりを出すレストランが存在し商売として成立していると仄聞するからたいしたものだが、私は絶対食指を動かさんからな。
ただし「日本の学校給食は第二次大戦直後アメリカで大量に余った家畜飼料用小麦を当時占領統治していた日本の学校給食に導入したのが始まり。小麦を通じて日本人にパン食の習慣を定着させ、将来的に日本をアメリカの小麦の大量輸出先に仕立てるという深謀遠慮があった。つまりは俺らは牛や豚の餌を食わされてたんや、ケッ!」云々としたり顔で賢しらに言って、学校給食を全否定したがる人もいるが、自分が仮にも口にしたものを動物の餌に過ぎなかったとヒネクレて卑下して貶したくはないのも事実。
ただ一つだけ、これは美味いなあと思ったのが当時は何の魚か知らなかったが、白身ということだけわかっていた魚のフライ。ほどよく塩気が利いて魚肉特有の縦方向に走る繊維の食感もよく、成人してもあのフライはビールに合うなあと時々思い出したものだ。
ある時思い出しついでに調べたら、どうもメルルーサーのようであった。これなら今も冷凍フライ物でよく売られている安価な魚で、なあんだそうだったのか、と変な落胆に似たものを感じた。
そうなんだ俺はご幼少のみぎりから安いものを食ってウメーウメーと喜んでいるプアな舌しか持ってなかったんだ。いいんだいいんだ俺なんか。

ご主人様には忠犬ハチ公な司法権力

一昨日からわりと温暖な晴天日和が続く。
トランプ新大統領の中東・アフリカの7カ国からの難民も含めた国民のアメリカへの入国禁止大統領令をワシントン州連邦地裁は無効とした。このあたりはさすがに腐っても「自由と民主主義の国」アメリカである。三権分立がきっちり機能している。
外国と自分の国を比べて貶めるのはあまり好むところではないが、日本の司法権力はほぼ国家体制へすり寄っている。
沖縄米軍基地の是非についてあえてふれないが、昨年12月の辺野古裁判上告退けなんぞはどう「見ても完全に沖縄県民の意向を無視している。
最高裁長官とて特別職ながら国家公務員である。棒給月額は推定であるが550万。総理大臣とほぼ同額の「お給料」である。手下どもの最高裁判事たちも200万はもらっているだろう。
彼らの上司は「国」である。ヘタに上司にさからってこんなオイシイ仕事を失う気などさらさらないわけだ。日本列島から遥かに南に離れた島の民草の日常のことなんぞ知ったこっちゃないのだろう。
「法の番人」が笑わせる。まったく「権力の番犬」である。月々500万の餌欲しさに尻尾ふりふり愛嬌をふりまいている。
IMG_20170204_153731さて俺もそろそろ餌を食おかいな、と冷凍カレーコロッケ、クリームコロッケを揚げて、レトルトの「咖喱屋カレー」シリーズのハヤシをかけた。可もなく不可もない味。コロッケとあわせて総額200円にも充たない餌である。



恵方巻丸かぶり。

晴れ。寒さ一段落。こうした寒暖の繰り返しが車輪となって、北風が空に描いた冬のみちに柔らかで遠慮がちな轍を刻みながら、私たちを春の方へ誘ってくれる。
やがて風の中に潮の匂いがしだしたら、このあたりでは春の方角へ進路を定めたという証。
今日は節分。例年のごとく義兄の店より恵方巻をいただく。穴子、車海老、玉子、干瓢、椎茸、三つ葉、高野豆腐といった面々が絶妙のバランスで手を組んだ酢と飯に巻き込まれている。ありがたいことである。image
恵方は今年も北北西。そちらを向いて「丸かぶり」する。家内安全無病息災商売繁盛大願成就棚から牡丹餅濡れ手に粟背中(せな)に床の間前には会席酒馳走左右に女懐に金…ありったけのいろんなことを願いながら寿司を食べていく。
もともと大阪は船場商人のならわしだったらしいが、柊を飾り鰯を焼くという風習はずいぶん昔から聞いたことがあるが(戦前船場の大家に奉公していたという、20年前に亡くなった祖母が言っていた)、この恵方巻に関してはその記憶が実はまったくないのである。ここ30年のうちに降って湧いたような「伝統的な習慣」なのである。おかしな話もあるもんだ。

風邪対策。

晴れ。寒さやや緩む。
昨日の夕方にきつねきしめんを食べたきりだから、早朝から飢餓状態。で、朝食は家牛丼をがっつり食らった。丼鉢にして2杯も食うたっimageた。
とにかくこの時期は出来る限り動物性蛋白質と脂肪分を摂取しないとスタミナ切れとなり風邪を引きやすくなる。
朝飯の後はバナナを食べ、果汁100%リンゴジュースを飲み、ビタミンC方面の補給も怠りなかった。ビタミンC不足も風邪を呼び込む。
幸い今冬も今のところ風邪気にほとんど縁がない。毎年めったに風邪はひかない。アホは風邪ひかんとはよく言ったもの。
もっとも日頃から家に帰れば即、昔ながらのイソジンを水を満たしたコップにたらし、強弱とリズムパターンを付けてのうがい。その徹底ぶりは家人をして「にぎやかやなあ」と呆れさせている。もちろん手洗いも薬用石鹸で肘のあたりまで擦り洗うことを心がけている。
よしんば喉が痛くなり、鼻水がやたら出る、体の節々が痛ダルい、体の中からうすら寒気がする、といった症状が出始めたら黄信号、すぐに市販の風邪薬を嚥む。風邪のごく初期症状はたいてい市販薬で治る。ユンケルなどの風邪向きの栄養ドリンクもOK。
ここから先をこじらせると医師が打つ注射、処方する薬でないとまず根治しない。保険が利いても診察料を含め市販の薬代より高くつくのは言うまでもない。
一昨日は酒席で煙草に手を出してしまった。だからといって「ああ、今回もあかんかった」で禁煙をやめるのではなく、一昨日は一昨日と割り切り、とにかく決めたことは続行することが大切と昨日今日とニコレット噛み噛み1本の煙草も喫わずにいる。
夕方家を出る。日に日に昼の時間が長くなっていく。日没は17時29分。12月2日より40分も長くなった。明後日は立春。ニユースでは大阪城公園の一部の梅花の蕾もはじけ開花しだしたと報じている。今月を乗り切ったら後は早い。

二日酔いが残した気だるさの中で。

今日より2月。一日晴れていたが冷え込みのきついこと。
昨夕、友人の女性と三宮にて一席を共にして飲みかつ食らい、そして歌った。
どちらも酒には強い方でたがいに一斗酒も辞さずのいきおいで杯を重ねる。
この女性とは好き勝手言いたい放題言える仲で、時には罵りあいもやる。彼女は空手に覚えがあるので、罵りあいがある程度に達したら私が矛を収めるのようにしている。まだまだ死にたくはない。
別れ際に「最近、あんた疲れてへんか。元気がないで」と言う。まあたしかに強いといってもかつての酒量に届くことは滅多にないし、最近家呑みでもそうだが、酒が進むと体がだるくなる時間が早くなるようになった。
やはり年には勝てない。それを指摘されたのかもしれない。
まだ二日酔いによる倦怠感が沈積している。食欲もさほどなく、夕食はあっさりときつねきしめん。image
きしめんやうどんとというもの静謐な食べ物だ。一夜の宴の喧騒の名残りをひとすすりごとに静かに消し去ってくれる。
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プロフィール
中津川秀明/神戸在住のアラ還オヤジ
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