さすがに盆を過ぎると日中(ひなか)はともかく朝夕涼しくなった。
夕暮れの涼風の中、海岸を缶ビール持ってぶららぶら歩いていると口をついて出てきたのが、記事タイトルの歌。
私はこの歌詞が好きで、こんなな~~んも考えてない、いや待て、何か意味あるはずと考えなおして、それでもなにが言いたいのかさっぱりわからん、というのがいい。
この曲が入っているアルバム「元気です」には、アコギの3フィンガーテクを充分に味わえる「リンゴ」も収録されているが、石川鷹彦がギターを担当している。
記事タイトル曲は本人が弾いている。それはともかく歌詞である。

ガラスの言葉 詞・及川恒平 曲・よしだたくろう

笑ってるよ白いワンピースの
長い髪に落ちていく影
それは誰ですか

ふと止まる鉛筆の中から
まっさらな日記帳に落ちていく影
それは誰ですか

ガラスの言葉が眠っている
遠いあの日の遠い街

こんばんわ どこへいく風
ミルクウエイに花が
ほらあんなにいっぱい、ほらゆれてるよ

風が吹いてるそのとき
風を見ていたその瞳
それは誰ですか

食べかけのチョコレートから
お幸せにと落ちていく影
それは誰ですか

ガラスの言葉が眠っている
遠いあの日の遠い街

食べかけのチョコレートから
お幸せにと落ちていく影
それは誰ですか


という歌詞である。あの「出発の歌」の詞を書いた人と同じ人とは思えない投げやりで、「落ちていく影」んところ、も少し他に言葉がなかったのかと思うけど、You Tubeの動画を見ながら逐語的に手書き、いや手打ちで書き写しているうちに、なんともいえないいい味が目を通じて脳に左脳でいったんろ過して右脳に伝わってくる。

「ふと止まる鉛筆の中から
まっさらな日記帳に落ちていく影
それは誰ですか」

なんて中原中也テイスト(あくまでテイストですよ)みないなものを感じる。
ちょっと調べてみたら作詞者本人が実にええかげんに作っていたのが判明
でも歌詞とか詩、文章表現というものひらめきみたいなもだから、ええかげん、いや言葉悪ければ「ラフに」作る方がむしろいいのが出てくるもの。