猛暑が続く。先日日本各地の梅雨明けが揃ったのだが、いつ梅雨があったというのだ。晩春から一気に真夏へワープさせられた感ありの今夏である。
7月月初から猛暑日の連続。去年もそうだったが、8月半ば頃より台風が発生し、9月初めには初秋らしい空気の冷たさを感じた。
猛暑といえばいまだ2010年夏の記憶が強烈である。あの年は9月終わり近くになっても、あまりの太平洋高気圧の強さに台風がなかなか発生せず、今年同様7月から酷暑に見舞われ、その状態が2ヶ月も続いた。
今夏だが、一昨日より太平洋に複数の台風が発生、これはもしかして去年同様8月に入ってまもなく狂の字をつけてもいい暑さも一段落するのではと期待している。
明後日25日次の26日と仕事は休み。そして25日の大阪といえば「天神さん」、天神祭である。
休みの日と天神祭が重なるのは初めてである。大阪の放出の実家へ行った後、東西線での帰途に大阪天満宮駅がある。
と、ここまで書いただけで、かの日の宵闇以降の人群れと南北を貫く天満の商店街の軒先を借りた夜店出しのにぎわいが目に浮かんでくる。
前に勤めていた会社が天満宮を氏神とするエリアにあり、25日はあの辺の会社のほとんどが午後から開店休業状態。
午後3時に陸渡御が始まる。神輿渡御の行列が天満宮を出発、天神橋筋を西へ渡る。そこから老松通り。通りを牛車を伴い天満警察署前の大川の浜まで練り歩く。神事はそこで船渡御へと変わる。仕事なんかやれる気分ではない。
早やオフィスで缶ビールや缶チューハイなどで軽く出来上がった状態で、夕暮れの中やおら祭見物に繰り込む。
天神橋から船渡御のあかりと打ち上げられる花火のきらめきが川面に映り、それが万華鏡のように変化し、橋の上を浴衣姿の女性たちが川面の明るさに影絵となって行ったりきたりする姿を見るだけでも祭の興趣は極まる。
花火も終わり、商店街のアーケード下を天満駅方面にそぞろ歩きながら、我が社御用達のスナックへと。
お待ちしてましたとばかりにママとチーママがにこやかに渡してくれるお絞りで祭見物の汗と喧騒をぬぐい去る。お絞りの熱さがうれしい。
心得てますよと阿吽の呼吸でカウンターに並べられるのは、ガラスの小鉢に器用に渦を巻かせて盛りつけた一つかみ分の素麺、涼やかなる皿に敷き詰められた氷の細片を敷き布団にしている鱧の湯引き。鱧の白さと梅肉と刻み紫蘇との色合いがまたなんとも涼を呼び込んでくれる。
それらを肴によく冷やされた吟醸酒をあおればもうなにもいらない、と心底思う。
明後日の25日もそうしたいのだが、この暑さは夜とて同じで、うんざりするような熱気に人いきれが加わると余計に体感温度が上がる。
祭の余韻と酒の酔いがおりなす気だるさ、ある種の寂しさを遠く神戸の西端まで運んで帰るのは億劫きわまりなく一考を要してしまうのである。
それはともかくこの季節、呑んべえには鰻と鱧は欠かせない。DSCN0413
鰻は蒲焼きもいいが、うざくも格別だ。
胡瓜嫌いの私だが、刻んだ胡瓜と鰻を甘酢で和えたものは、こういう出会いものを最初に考えた人に拍手を送りたい。
胡瓜の青臭さ、鰻のそれが旨味であるがクドくもある脂の欠点を酢が見事に調和させて、格好の酒の肴となる。
鱧については先述したので略すが、これらを相手に奮発して買った大吟醸の冷やを飲りながら、エアコン涼しきリビングにて、テレビで中継される天神祭の模様を眺めるのも一興であろう。
鰻と鱧のコンビを誘致するには我が家の財務大臣の認可が必要だが、そこは一家の総理たる私の強いご意向を忖度してくれることにほのかに期待するしかない。