理系頭に生まれたかった。我がオヤジとオフクロの子では、それは無理だと早や中学生の時悟った。
因数分解や連立方程式なぞまったくわからん。なにせ分数の足し算引き算レベルで挫折しているのだから、小学校レベルで悟るべきだったと訂正しておこう。
2/6+3/6=5/12と未だに答えてしまう私のあまりの非理系頭にはほとほと自分で呆れてしまう。
だから理系頭の人は文句なく私のリスペクト対象となりうる。理系頭の人は賢いんだ頭いいんだ俺はバカなんだああそうなんだはは~~恐れ入谷の鬼子母神(古いね)とばかりにその場でひれふしてしまう。
世の中、不思議な人もいるもので、私の同僚の一人は暇さえあれば「数学」という雑誌(こんな雑誌があることさえ知らなかった)を紐解いている。
大変失礼なことを書くが、この方の学歴は高卒、それも関西でその名を出せば誰もが「ああ、あそこな」と苦笑まじりで語られるという高校の出。
しかしながらこと数学に関しては造詣深く、かの雑誌を毎月購読熟読玩味もさることながら、大学入試のシーズン、各新聞に国立大学の入試問題が掲載されるが、例えば今年出題された京都大学理系の

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なんて問題をすらすら5分もかけないで解いてしまったのだ。私なんぞは問題文の意味すらちんぷんかんぷん。はあ?これナニ書いてあるんや、である。
件の方に訊けば東大京大ともに理系の過去問題集、世に言う「赤本」と呼ばれるあの分厚いやつ、のバックナンバーというのか年ごとのを家に揃えているらしい。ははあそうですか(そんなもん揃えてなにがおもろいねんやろ)と答えざるを得ない。
数学頭が突出した人物なのだ。この天賦才能が他の学科にも活かせたら、東大京大など鎧袖一触、屁の河童、それどころかマサチューセッツ工科大学やハーバード、カリフォルニア工科大学あたり行けたんじゃないかと思う。まさに天才レベルの人になっていたのに。
天は二物与えず、神はなにゆえさも残酷に振る舞われしか。類まれなる美形の私に文系頭それも悪い方を授けけ、しかも芸術センスなど皆無のただの見目麗しきだけのバカに仕上げたのと同じことではないか。お~まいが。
「学歴で人を判断してはいけない」というのはこういうケースがあるからだ。たいした学歴もないのに頭がいい人などいくらでもいる。そういう人ほど謙虚で奥ゆかしいのは皮肉といえば皮肉。
以前の仕事の営業先の担当者に東大出身者がいた。
なぜ彼が東大出身だとわかったのかといえば、商談の後の雑談で「それはそうと中津川さんは大学どこなの?」と訊いてきたからである。
この問い方には人は皆大学を出て当たり前という傲慢さがある。こちらは弱い立場なので、そのことへの怒りをひた隠し「いや~どうも。関西の名も知られん大学なんですよ、えへへ」と頭を掻いて媚売るように答えてやると「またまたご謙遜を。京大あたり出られたんでは」と笑っている顔には早く俺の出身大学訊けこのバカが、とありありと書いてある。(京大あたり~?あたりとはなんちゅう言い草や、あ、そうかこのおっさん東大なんや)と判断し「部長さんは失礼ですがどちらの大学のご出身で?」とボールを弾き返す。indexr
で、東大出身者のいつものあの定番の答えが返って来た次第である。「僕、一応東大だけどね」が。
(なにが、一応やねん、腹立つなあ)とむかっ腹を抑えつつ、「ほ~東大ですか、東京大学。もう私らには雲の上の存在です。だから余計に私の大学など申し上げられませんよ。部長さん、おからかいも程々に」と苦笑すると、「いやいや僕なんかたいしたことないですよ。まったく普通です。ただ周囲のレベルが低かっただけだったんですよ」とイケシャシャアとぬかしやがったのだ。
と同時に彼が哀れに思えた。この人はこれから先、学歴だけを矜持として生きていくんだ。それってなんかつまらん人生だなと。
私の周囲に誰も東大出身はいないが、みんなそれぞれの矜持と誇りをひそやかにして輝いている人ばかりである。そういう人たちに囲まれた私は幸せであるし誇りでもある。前述の数学頭のおやっさんももちろんそのうちの一人である。
理系頭への憧憬で始まり学歴のオチで終わる。相変わらず脈絡のない文章である。文系頭でも超悪頭の証である。