都議選の結果は大方の予想通りだが、自民があそこまで惨敗するとは実に喜ばしいことである。
選挙前日の秋葉原、安倍首相の応援演説へ浴びせられた怒号の野次「安倍辞めろ」の5文字が全てを物語っている。
同じ場所で5年前歓呼によって迎えられた男は此度も同じ礼遇を期待していたに違いない。それが、である。
図らずも私は1989年12月21日のルーマニアの首都の光景を思い出した。
ブカレストの王宮広場の群衆。ルーマニア共産党本部庁舎のバルコニーに立った独裁者ニコラエ・チャウシェスク大統領。
自分を称賛させる集会で演説を始めたとたん起きた爆発事件。
それに勇気づけられたように長年の圧政に耐えかねた民衆たちの怨嗟に満ちた反逆の野次と怒号の砲火。
こんなことはありえないと言いたげにたじろぐ独裁者とその夫人。そして取り巻き。 
この後事態は急速に進み、大統領夫妻は反政府軍によって逮捕監禁され、あっというの間の裁判の結果銃殺される。
安倍晋三もおそらく同じ心境であったに違いない。「こんなはずではなかった。拍手の嵐がボクちゃんを包んでくるはずなのにぃ」と。
それがいらつきを呼び、自分をやじる人たちを「こんな人」呼ばわりをした。関西弁でいえば「それは言うたらあかんやろ」なことを口走った。

「銃殺」を比喩的に使えば、安倍晋三は今回の都議選の結果をもって潔く銃殺されるべきである。
自民党の最高責任者として選挙の敗北の責任云々よりも国民に対する犯罪に近い政策をごり押ししてきた点で。
この無能かつ希代の暴虐宰相はその夫人も含めパフォーマンスやスタンドプレーに長けても、この国の富裕層にいい思いをさせただけで、それ以外に見事なまでになんの業績も残せなかった。
ルーマニアの独裁者もその夫人も至近距離から撃ち殺されて、驕り高ぶった者の哀れな果ての屍体が全世界にさらけ出されたという屈辱を後世にまで見られてしまう結果となった。
安倍晋三夫妻もこの扱いにふさわしい。
それにしてもマスメディア、特に週刊誌はよく頑張った。新潮砲も文春砲も国政選挙と同じウエイトがあるといわれる都議選直前に轟き渡った。
悪質な選挙妨害だという声もあるが、メディアは時の政権の足を引っ張ることにその意義がある。広報係にはけっしてなってはいけない。
われわれ国民もそうで国家のやることに万事逆らう視座を維持しておかないといいようにカモられるだけ。
「国全体がひとつにまとまって」。ぞっとする。いい意味でも悪い意味でも私はごめんこうむる。