利用しているSNSはミクシィであるが、友だちになっていただいているメンバーの「つぶやき」や「日記」を一通り拝見した後、ミクシィニュースに立ち寄る。
ニュースサイトのミニ版みたいなものだが、凶悪事件などに寄せられるコメントを見ていると、必ずといっていいほど、「容疑者の名前が出てこないのは特A国(韓国・北朝鮮・中国をまとめて、かの国や人が大嫌いな人が揶揄してこういう)の人だから?」や、どうみても容疑者の名前は日本人のそれなのに「どうせ通名なんだろ」とか、苗字がたとえば「金田」「金本」や「新井」「高山」などとあれば「だから○○○(朝鮮民族の人を見下して呼ぶカタカナ三文字)はこれだから」と在日の韓国・朝鮮人を罵倒する言葉でもって得意げに書きたがる人がいる。
いまだにこんなことを言っているのかとわらいたくなる。
いわゆる「ネトウヨ=ネット右翼」と呼ばれる人たちである。「在特会」をはじめとした主にネットで、在日特権がどうのこうのとかまびすしく騒ぎあっている人たち。
この「ネット右翼」の連中の思想や行動論理が、まっとうな右翼のそれで理論武装をしているのかどうか疑わしい。
ためしに連中に、右翼なら避けて通れないマストパーソンである北一輝、保田與重郎、山口二矢など知っているかどうかとぶつけても、おそらく「誰それ?」な反応を示すであろうし、かつて三島由紀夫が陸自市ヶ谷駐屯地に乱入、東部方面総監を人質とし、自衛隊に蹶起を促す演説のはてに自刃したことを、その是非はともかくとして系統立てて説明できるか訊いたところでしどろもどろであろう。
日本共産党の下位運動家たちが、共産主義の理論を日共の見解や党が出すパンフや出版物を通じてしか知らないように、あるいは創価学会の信者が学会の、主に池田大作が解釈した仏法を学び、そのことでもって仏教全般について理解したと勘違いしているように、ネット右翼の人らは自分たちの都合に合わせた誤解に満ちたコリアン、中国人像をあれこれと憎々しげな方に増幅せしめたものをよすがとし、ネット上でこねまわずだけのものに依拠しているだけなのである。
ネット右翼のほぼ全員が、自分が今ある不遇的な環境の原因は、「特A国が出自の在日の奴らが特権を恣ままに行使しているからだ」と、これまたネトユヨ仲間でこしらえた荒唐無稽もいい「共同幻想」の中で彷徨しているに過ぎない。
在日特権などそもそもあるわけがなく、よしんばそんな特権を構築するためには在日出身の政治家や中央官僚が政官両界を牛耳なければとてもじゃないと出来ないことくらい、少し考えてみたらわかりそうなものなのに、それにあえて耳目を塞いで、思考停止のまま在日が多くすむ東京なら新大久保、大阪なら鶴橋などで徒党をなし、文字にするのも口にするのも憚る蔑視の言葉で在日の人らを攻撃している。
在日のほとんどの人は日本国籍を取得して帰化した歴とした日本国民である。それに対して、同じ国民がヘイトスピーチで攻撃する様はどこか滑稽で笑えないブラックジョークだ。
ヘイトな表現に関して最近では法令や条例などの規制がかかり、かつてのような醜悪の一語につきるデモは見かけなくなったのは同慶の至りである。
しかし、何の罪もない在日の年端もいかない子供たちにとって、先ほどの蔑視語差別語に続けて「日本から出て行け」「死ね」だの「ウ○コでも食っていろ」だのと、いい大人たちにラウドマイク越しに下品を通り越し、人格すら崩壊させてしまいかねない言質で罵倒された心の傷は永遠に消えまい。
憎悪は所詮憎悪しか生み出せない。いつか、攻撃していた大人たちの子供が逆に憎悪の言葉を投げつけられる可能性も大いにあるのだ。
通名に関してもそう。劣等感にまみれ人間性そのものがイジけたネトウヨ如きがそれをいうのはまず措いて、真性右翼にひたすら近い保守の論客の一部には「あれは我が国が朝鮮半島を保護下においていた時代、『創氏改名』の折、日本人名を名乗ってよいという当時の朝鮮総督府の通達があり、自分から進んで日本人のような名前に変えたのである。決して改名を強いたわけでない」という解釈がある。
たしかに表面上はそうであろう。しかし儒教の精神を自分の生の根本に置いている朝鮮民族にとって、先祖からの名前のたとえその一部の字を織り込んだものとしても変えざるを得ない、つまり改名しないと何かと不都合や不利な局面が生じる状況に追い込まれていたからであって、なにも好きこのんで「自発的に」変えたわけでない、ということに想像が働かないのだろうか。
まさに他国を植民地として統治している側の強者の論理でもって解釈している、おのれのその傲慢さに気づかないのだろうか。
弱い立場にいる人に対する想像力の欠如が、自分より弱い立場にいる者を攻撃することによって、社会の底に置かれてしまった自分の今の状況のカタルシスとしたい心理と結合し、心から余裕と寛恕をなくし民族差別を増幅させている醜悪な連中は、たとえばYouTubeにネトウヨ的解釈でアップされている国会中継の、「(野党議員を)フルボッコ!」やら「(野党の質問に)安倍総理大激怒!」「(野党を)軽く論破ザマァ」などと、なんの工夫もひねりもなくやたら大仰で扇情的なタイトルを付けられた(実際はこれのどこが「激怒」なんだと呆れてしまう代物だが)動画を見ているのである。
この連中のおかげで、YouTubeで少し前の国会中継を見たいなと思っても、ネトウヨ的解釈のそれが検索上位にずらっと並び、うっとうしいことこの上ない、と私もつまらない鬱憤ばらしで長々と書いてきたものである。
しかし怒りのエネルギーはすごいものがある。ここまでひたすら一気に書き上げられた。まだまだボケるには早いわ(笑)
kokkai