前回はネットや若者言葉が由来の、大人が遣って気恥ずかしい言葉について書いた。
今日は逆に若者や時代の先を歩いているつもりの大人たちに「なにそれ? 分かんないっす」と首をひねられるが、私たちの世代以上が普通に遣っていた、今や死語同然の言葉たちを思いつくまま並べていこう。

「アベック」。今でいう「カップル」であるが、単数の男と女が屋外で仲良く時間を共有している状態、と大雑把に定義しておく。
共有の所以は恋人同士、友人同士、会社の同僚同士を関わらず広く遣われてきた。
この言葉、今世紀初頭にはすでに半死語状態で、「昨日、山田と田中がアベックで歩いていたよ」と遣えば「おいおい、アベックとはまた古い。カップルでしょ」と揶揄されたものである。
英語の前置詞「with」にあたるフランス語の「avec」がその語源らしいが、今でも年輩者はカップルよりもアベックの方を多く遣う。
男女の別なく対の二人が仲良く何かをした時にも使用されていた。
「数多くのONのアベックホーマーが巨人の昭和最後の黄金時代を築いたのだよ」と言っても今の若い人にまず通じない。
「打順3番の王と4番の長島の連続本塁打」のことを昔はこう報じていた。
アベックホーマーはON砲の連続本塁打だけに遣われていたように思う。ちなみにホームランのことをホーマーと和製英語的に略することも今ではほとんど見聞きしなくなった。

「彼女(彼氏でもいいが)とBまで行ったよ」。男女のつきあいの親密さの度合いを、Aはキス、Bはペッティング、Cはセックスと表していたのもいつのまにか消えてしまった。
「で、昨日の彼氏とはどこまで行ったの? B飛び越えてCまで行ったんじゃないの?」「んもう。課長のエッチ。失礼ね。Aもしてませんよ」などといった会話が昔は普通にオフィスで飛び交っていた。
あの頃が、おおらかでいい時代であったかどうかの評価が定まるにはまだ時間がかかるであろう。

「チョンガー」。後輩同僚の30代のチョンガーが「なんですか、チョンガーって」ときた。
独身男性のことを昔はこう呼んだ。ちなみにそれより昔はヤモメ男。
チョンガー、韓国語由来である。絶滅危惧種的存在期を過ぎてほぼ絶滅したものと思われる。
私の周囲の私より年輩の者も口にしない。「独り者」の方を遣っている。

「ビフテキ」。私の80代になる父母の口からステーキという言葉がいまだ出たためしがない。親父なんぞは単に「テキ」と言う。「たまにはテキ食うて栄養つけな」とか言っている。
もちろんビーフステーキの略であるが、昭和40年代終わり頃まで、至極一般的にビフテキと呼んでいたように思う。上流階級の方々に於かれてはいざ知らず。

「実況録音盤」。ライブ盤のことをこう言った。
「狂熱迫力の後楽園球場実況録音盤。アメリカンニューロックの神髄が炸裂する!」という惹句が書かれた帯が、フランク・レイルロードというロックバンドのLPレコードに賑々しくに掛けられていたのを今でもありありと思い出す。
ちなみにLPレコードなる言葉、一度死に絶えたが、最近のアナログレコード人気であらためて接したヤング諸君(これも死語ですな)もいることだろう。
ロックバンドの話が出たのでついでに。ロックやグループサウンズのメンバーの楽器パートを、昔はエレキギターを第1ギター、エレキベースを第2ギターと、LPのジャケットや付録のライナーノーツに書かれていたように思う。

「レッツラゴー」。レッツゴーの別の言い方。これは短命だった。70年前後の数年間だけ、当時のナウなヤング(笑)が口にしていたように思う。
ら抜き言葉の是非が問われて久しいが、こんなところに余分な「ら」が入っていたので、差し引きゼロということで是認すればいいだろう。

「洋服を着ていく」。今でも普通に言わないか?
いや言わない。わざわざ洋服と断っているのは、当時まだまだ、特にご婦人方に和服姿の人が多かったから。
普段着に和服を着て、その上から白いエプロンというより割烹着を付けていたお母さんは結構いたものだ。
その後ろ姿は朝の味噌汁を作る母親の姿に直結する。それは味噌汁(おつけ)の実の大根を刻む音がセピア色の絵の具となり、淡い記憶となって茫洋と蘇る。

「部佐君悪い、これゼロックスしてきて」。
これこそ、今の40代の人でも「なんすか?それ」とキョトン顔になろう。
私が生まれて初めてアルバイトをした高校時代の終わり頃に耳にした。
「え?」という顔をした私にバイト先の人は「コピーしてきて欲しいと言ってるの」。
70年代の半ばまでゼロックスはコピー機の代名詞的存在で、大企業ならともかく中小企業のオフィスに設置するには、たとえリースでもまだまだ超の字がつくほど高価で、都心部のあちらこちらには煙草屋の数ほどのコピー代行店があった。
そこまで出向いてコピーをとってくる行為を、企業名を動詞化して「ゼロックスする」と言っていたわけである。
今でこそコピーは普通に白いコピー専用紙を使うが、あの頃は青焼き方式であった。
ブループリント。これは今なお建築や建設の世界では残っているるらしく、設計図や工事施工図を青焼きしているところもままある。

駆け足で書きぬける。「ノイローゼ」や「光化学スモッグ」はどこへ行った? 「自家用車」は「マイカー」となり、その「マイカー」すら死語になりつつあり、「衣紋掛け」に掛けておいてが通じなくなり、「三つ揃えの背広」は背広すら使用頻度が激減し、「シケモク」って何?の前に煙草そのものが青色吐息状態で、しかししぶとく生息し、「ウナ電」「はぁ?鰻丼?」「違う!大至急電報のこと」「スマホあるから意味ナイっしょ」となる。
「あたし、今日アンネなの」、なにゆえナチスドイツの犠牲となったオランダのユダヤ人少女の名前が、日本では女性の月々のものの言い換え言葉となったのか未だわからず、しかしまあこういう古い言葉や言い回しを書いていると次々と出てきて、「すこぶる」「ゴキゲン」な私であった。

ちょっと疲れたので、「甘食」か「蒸しパン」が欲しいところである。
「蒸しパン」はともかく「甘食」とはなんぞやを知らない人は結構多い。興味のあるむきはググレカス!←ほらね、ネット由来の言葉ってキタナイでしょう。