昨日は典型的な五月晴れの一日であった。
雲もほとんどなく、紺碧に近い、「青」よりも「蒼」の字をあてたい色の空が思いきり四方余すところなく伸びきっていた。
思い出したかのように吹き渡る風はまさに薫風。
その風に乗って、最近とみに目にするようになった燕が風景を切っていく。
と、ここまで書いてきた日和のよさの代償は、まだ5月半ば過ぎだというのに、梅雨期を飛ばしてはや7月初旬並みの気温であった。
早足で10mほど歩くと、さっそく汗腺が皮膚を蹴り倒し汗を吐き出す。
この時季でこの気温では今年もまた猛暑となりそうだ。
ここ数年、猛暑というより酷暑の夏が続いている。
地球温暖化のせいであるが、その因を作ったのは人間である。
自業自得、因果応報であり地球温暖化に文句を言うのは自分に唾することだ。
どうせなら、食べるものだけでも、さっさと先に夏の気分に慣れさせておこうと、そうめんをゆがいた。
「揖保乃糸」を4束ゆがいた。
「揖保乃糸」の宣伝をするわけではないが、やっぱりそうめんは揖保乃糸、である。
そうめんは細さが命で、細ければ細いほど舌触りの感触がシルキーで、それでいて手延べ特有の腰の強さを奥歯で味わえる。
いいそうめんは、こちらから食べにいかなくとも、そうめんの方から口の中に飛び込んでくる。
箸はほとんど使わない。
つゆを入れた小鉢から、鯉が滝昇りをするようにするするすると勝手に口の中に入ってくる。
「おいおい、ちょっと待ってくれ」と、そうめんを抑えたくなるぐらい勢いよく入ってくるのである。
1~2束あたりをちょこちょこと啜ったところで、この醍醐味は得られない。
やはり3束以上は、氷を浮かべた大きな器に、てんこ盛りでないと楽しめない。
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