今日は仕事休み。
ぶらりと散歩に出ようと思ったが、なんだか雲行き怪しく、とにかく傘を持つのが厭なので止めにして、You Tubeや無料の動画配信サービスを興味と関心のままにまったりと楽しむ。
最近の国会中継は面白い、と気楽なことを言っててはいけない。
民草が花見を楽しむことまで「怪しい!あいつらテロをたくらんでいる。見ろ。カメラでそこらじゅうを撮っている。あれはテロの準備に違いない。けしからん。ひっ捕らえろ。証拠?そんなもん取り締まる側が作ればいい」となりかねない法案が国会を通るか通らないかの瀬戸際だもの。
これまでの法務大臣や官僚などの答弁を見ていると、どう考えても無理筋もいい法律。メディアの大方が「共謀罪」と名づけたがるのもうなづける。
安倍総理大臣に至っては論点のすり替えがミエミエで、本人も心の奥深い場所では少しは「戦前の治安維持法に似ていないとも言えないなあ。でも一旦言っちゃったもんどうしようもない」てなことを思っているからこそ、野党側の追求に逃げの一手としか思えない受け答えをやらざるを得ないんじゃないか。
そんなことを考えていたら、思考がただでさえあちこち飛ぶ頭である、なぜか由紀さおりの「夜明けのスキャット」が聞きたくなって、You Tube内を検索散歩していたら、途中で五木ひろしの「夜明けのブルース」という歌に寄り道してしまった。
イントロからエンディングまで聴き通してしまったのは、テイストが昭和歌謡そのものだから。
クラブ(踊る方でない、いわゆるおっちゃん好みの、銀座や北新地にいっぱいある方の)で唄うよりも、どちらかと言えば場末のスナックで、僕ら年代以上の歌巧者のおっちゃんが好んで唄いそうな、ドがつく演歌ではなくムード演歌に近い作りである。
イントロのラテンリズムにノリノリで飛ばす五木ひろしの指パッチンと腰振りが相変わらず昭和歌謡である。なんのこっちゃ。
ブルースと銘打っているが、本物のブルースとは似ても似つかない曲になっているのが昭和歌謡である。
森進一の「港町ブルース」とか、天知茂の「昭和ブルース」とか、いったいこれのどこがブルースやねん、とBBキングやミシシッピー・ジョン・ハート、ロバート・ジョンソン、エルモ・ジェームスあたりを聴きまくっている人が怒りそうな、日本独自の歌謡ブルースも昭和歌謡の典型である。
サビの部分で意味もなくファルセットの女性コーラスが追っかけでかぶるのも昭和歌謡で…ってもうええか。
ちなみに五木ひろしの横でフェンダー・ストラトキャスター(と思う)をカッコよく弾いている人が歌詞ともに作った人で、レーモンド松屋という、マンションと牛丼店を混ぜたような名前の人は四国では知らぬ人がいないほどの有名なアーチストらしい。
僕とて昭和歌謡が骨の髄まで染み込んでいる男で、なんだかんだといいながら2回リピートして聞きました。いい曲だなあ。
商店街の外れにありそうなスナックで歌いたいな。紫色の地に金の文字が「シャネル」と入った外置きのネオン看板が煌々と光っている店。
この手のスナックではおなじみの、網タイプの黒ストを履かせた脚をタイトなスカートで包んだママがチャカチャカチャカチャカ、タンバリン叩いて、チーママがマラカス、カシャカシャカシャやりながら、心のなかで「なんちゅう下手な歌、唄いやがんねん、こいつは」と毒づきながら、そこは客商売、「素敵よ~、ブサイクちゃ~ん。唄い終わったらボトル入れてや~」なんて掛け声かけて、で僕はますます調子こいてマイク持つ手の小指をこれ以上は無理というくらいまで立てるわけなんですよ。昭和だ。