家にあった3年ほど前の「オール讀物」を職場に持ち込み読んでいたら、同僚のおっさんが「なに、読んでるの」と訊いてくるので「小説の雑誌や」と答えたら「お、部佐さんも芥川賞を目指すんか」ときたもんだ。
これが同じ文藝春秋の「文學界」、あるいは新潮社の「新潮」、講談社の「群像」といった文芸誌を手にしていれば、芥川賞狙いの勉強の一環で他人の作品を読んでいるのか(実際その手の雑誌を常時購読している人間にはたしかに芥川賞ワナビが多いのだが、というよりそんな連中にしか読まれていない)と言われるのはわからなくもないが、通俗小説系の「オール」を読んでいるのを見て、芥川賞云々に言及するのはお門違い、とこの同僚に言ったところでわかりっこないだろう。
では、通俗小説が対象となる直木賞狙いといえばよかったのか、と返ってきそうだが、直木賞はぽっと出の作家には与えられない、それなりに実績を積み、そこそこ名の売れている作家に与えられる賞である、と説明したところでわかってもらえないレベルに同僚はいる。
この同僚にとって芥川賞などは「去年か一昨年か、お笑い芸人が受賞した、小説とかそっち方面の有名な新人賞」ぐらいの認識でしかない。
別に同僚をバカにして言っているのではない。普段に活字だけの本や小説なんぞこれっぽちも読まないという人にとって文学の賞などは、自分の興味関心の範疇のはるか外にいる。
うちの妻娘もそうだが、芥川賞が「まるきりの新人賞であり、本を出したらもらえる賞である」と誤認しているのもむべなるかなである。
「あのな。とりあえずは商業的に作家デビューしてから十年以上経ってもらった人もいるし、受賞作品はまずは雑誌に掲載されたものが賞の対象になるんやな、芥川賞というものは」と言い、さらに「その雑誌も『文學界』『新潮』『群像』『すばる』『文藝』の、いわゆる五大文芸誌と呼ばれる雑誌に当該年分前年に掲載されたものが対象で、…っておい聞いとるのか!」とせっかく説明してやっているのに、二人に欠伸とそっぽ向きで応じられた。こんなものである。
ある程度本を読んでいる人の中にも「芥川賞=駆け出しの新人に与えられる最高レベルの賞じゃないの」とこれまた笑えない誤解があって、商業文芸誌デビュー2、3年あたりの新進からベテラン作家まで幅広い層を対象にした「川端康成文学賞」「三島由紀夫賞」の方が、同じ作家の「芥川賞」候補作よりもずっと出来のいい質の高い作品が選ばれることが多い。当然のことだが。
私の好きな芥川賞作家で最近の例を挙げると、西村賢太が「苦役列車」で芥川賞の誉れに輝いたのだが、それより前に発表して、候補止まりの川端康成文学賞「廃疾かかえて」、同じく候補で終わった三島由紀夫賞の「どうで死ぬ身の一踊り」、この作品は芥川賞候補作にもなっており、結局、誰が見ても上記二作より見劣りのする「苦役列車」が芥川賞を穫ったのである。このあたり不思議で仕方がない。
皮肉なのは又吉直樹の「火花」。三島由紀夫賞を逃した作品が芥川賞では合格であった。
ここまで来ると芥川賞、最近のに限っていうなら作品の質よりも話題性を先行させているとしか言いようがない。たしかにこの程度の出来映えじゃ「三島」では落とされるわなと妙に納得したものである。
おっと、階段を上がる音が聴こえてきた。こんな本を読んでいたら、それこそ「芥川賞を狙ってるのか」と言われかねない。慌てて鞄にしまった。
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