今朝早く、大阪に住む老父が心臓関係の発作を起こしたと妻より電話があった。


90近い年齢の父は2000年頃、心臓のバイパス手術を受けた。


その後、長き小康を得ていたが此度の発作である。


原因は処方されているニトログリセリン関連の薬を多めに誤飲したとのことであった。


原因が分かり、そしてそのことだけが発作の理由であり、今は家にて養生していると、父の近所に住む妹より連絡が私の携帯に入った。


胸を撫で下ろしはしたが、いよいよ来る時が来ていると思った。


今後予断は許されない。これは肚を括らなければいけない。


母は痴呆も同然の身。


我が家にとっての有事に常に備えなければならない。


古くからの友人とたまに飲む機会は大事にしたいが、それ以外は勝手な言い草だが慎む。そう決めた。


実を言えば父に対しては確執がなきにしもあらずである。これが因でその血を分けた弟妹の仲もしっくり来なかった。


そうした愛想こもごもの思いが交差するが、やはり血脈がそれを凌駕する。


凡庸で浪花節的な「世にたった一人の親」という概念が、かく屁理屈めいたものを吹き飛ばす。


父のとりあえずの無事を告げた妹の声が父のそれに代わった。


「わしのことはええから、お母ちゃんがおまえの名前を繰り返して会いたがっている。会ってやってくれ」といった。


しわがれた声だった。


「火曜日にいくわ」とぶっきらぼうに応じた声が震えた。


鳥の声がした。一羽の燕が巣作りに懸命に行き交いしている。


60を前に初めて慟哭を知った。