冷やしものの麺が美味しい季節になってきた。さっそくもりそばを食べる。
池波正太郎が「もりそばでそばの先をつゆに少しだけ浸して、というのは東京のそばつゆが辛いから。少量のつゆとそばを口の中で合わせてちょうどいい味になるようにしているから。甘いつゆならそばちょこ全体に浸したっていい。甘い、あるいは薄味のつゆにまで東京式に先だけを浸して食べる必要なんてない」という旨を、なにかの随筆で書いていた記憶がある。
ということで、乾麺だがいわゆる「藪系」「更級系」のそばがあったので、希釈タイプのそばつゆを薄めずに器に入れて、東京方式で食べる、つまり「縄をたぐっ」たわけである。
そう、普通に「そばを食べた」と言えばいいものを粋がって「縄をたぐる」と口にしたがる半可通が、どんなつゆでも「あ~あ、そばをあんなにヒタヒタにつゆ浸しちゃって」と言いたがる。
寿司屋にもこういう客がいて、付け台に肘なんかつきながら「しゃり」「がり」「むらさき」「あがり」といった寿司屋内の符丁を粋がって口にして、板さんに注文したり、連れの客に魚について蘊蓄を垂れたがる。
「魚(うお)の方をむらさきにちょっこっとだけ付けなさいよ」とかなんとか、余計なお世話でしかない講釈をぶち垂れる。
トーシロがなーにが「うお」だ「むらさきだ」。素直に「ネタ」「醤油」と言えよな…
と、そんな客を見て寿司屋は付け台の内側から、こっそり嗤っていることも知らないで。
そばである。先だけ浸し方式で食べると、たしかにたとえ乾麺といえど、ほんのかすかにそばの香りが喉の奥から鼻に抜けていった。
よくテレビの食レポ番組で、そばの名所や名店に行き、もりそばが出された瞬間「わ。美味しそう。そばの香りも立ってますねえ」とレポーターが言っているいるが、あれは嘘である。
どんなそばでも盛りつけた段階で、そばの匂いなどするわけがない。奥歯で咀嚼した段階でようやくそばは香りを出す。そば粉だけのそばほどこの香りの濃度は高い。咀嚼に至らず口に入れた瞬間に立つものもある。
もりの薬味は浅葱かわさびが多いのだが、わさびはつゆに溶かさず、箸でつまんだ麺の上に乗せて味わう。ただしこればかりは山葵そのものを買ってきて、おろし金、できれば鮫革を貼ったもの、ですり下ろしたものを使いたいものだ。
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