いよいよ春到来!と思わしめる陽気。3月に入っているもの、もうもうそろそろこうなってくれなければ。
現在使っているパソコンの内蔵ディスクに保存しているデータを外付けのHDにバックアップを取る作業にこの数日没頭している。なかなか進捗しない。IMG_20170304_152446
子供の頃から「集中力に欠けるきらいがあり」、なぜ「」で括ったといえば、小学校の通知表に学年更新の度に担任の先生方にまるで申送り事項のようにこう書かれていたからで、この悪性はいまだ治らず、データの写真や文章、WEBページの魚拓めいたものを見てはそこで作業を中断し、該データを作成した頃の回想に耽る、というより、なんでこんなものを残していたのか、をすっかり忘れてその理由を思い出そうしても思い出せない。
データを保存した時、おそらくこれは忘れずにと考えたのであろうが、結局保存の理由すら忘れてしまっている。
人間憶えておかねばならぬことなど実はそんなに多くなく、本当に憶えていなければならないことは本能的に自分の脳がちゃんと記憶してくれている。
パソコンに保存しておかねば、あるいは手帳か日記のようなものに書いておかねばと思うことほど、たいして重要ではないことがわかる。
いい風景に出会えた時、今は携帯電話にカメラがついている時代、景色を肉眼で見渡す前にまずカメラを取り出してしまう。
自分の眼と脳をもっと信用した方がいい。「目に灼きつける」というありふれた慣用句があるが、ありふれたものながら、永遠普遍の真理である。
脳こそ最高のハードディスクで容量は無限大だ。ただ脳内のトラックに並べられたセクタに納められた記憶を取り出すサーチの速さ、シークの確かさに個人差があるだけのことで、そしてそれは経年劣化するけれどテラバイト以上のものを脳はちゃんと憶えてくれている。
ただ恣意的にそれを取り出せないのが難点なのだ。だから困るのだけど、繰り返すようだが恣意的に取り出せる記憶はそれほど重要なことではない。ちょっとしたきっかけでいきなり思い出してしまうことが個々が本能的に脳に刷り込んでおきたいことだったわけだ、とそれに近いことをボードレールは「悪の華」の香水瓶という詩ですでに表現している。引用は避ける。また作業が横道にそれるからだ。