晴れ。寒気が戻ったというが、かつての厳しさはどこにもない。時たま冷たい風が吹くが、日差しが冷気を抑え、そよ風かと思い紛う。
gahag-0052559732今日はひな祭り。初孫が女の子であれば妻方の親が、婿の親へ見栄を張り雛壇を買い調える。
平安貴族の子供の遊びごとが变化して今に伝わったという雅な行事は、いつしか旦那嫁両家の見栄の張り合いの泥仕合の場となり、その様相は部外者にすれば傍で意地悪き視線で視線で高見の見物としゃれ込むのが一番おもしろい。
次は男の子の端午の節句五月人形の出番だ。旦那の実家の親たちが雛人形に負けないものをと財布を大きく開けるのを待っている、東京浅草橋や大阪松屋町あたりから舌なめずりと算盤の音が聴こえくる。
年を取るとは厭なものだ。女の子の成長と幸せを願う桃の節句をこんな風に斜交いに視てしまう。
かつて自分も妻とともに娘の行くすえ幸い多かれと喜々として、ささやかだが雛人形をかざり、ちらし寿司と蛤の吸物で祝ったはずなのに。
「お内裏ちゃまとお雛ちゃま~♪」と、幼稚園で習ってきたという歌をおぼつかなく唄い、親馬鹿の目を細めさせた娘もこの月26になる。今さら女の子でもないが。
食い意地が張っている口卑しき私はひな祭りといえば蛤しか思いつかない。
蛤は今が旬だ。これから産卵期を迎え身がぷっくらと肥えている。しかし今では高価過ぎておいそれと手が出せない。スーパーの中国産ですら小粒のそれが5、6個ワンパック500円近くする。とてもじゃないがおそれ多くて吸物の具扱いにできる代物ではない。
大阪からこちらに移り住んだ頃、明石の魚の棚商店街まで自転車で行き、たしか千葉産と書かれた大きい蛤が一ざるに10個ほど入ったのを600円ほどで買ってきた。今思えば超破格値である。
妻の実家の前は浜辺になっており、そこで春の宵のBBQとしゃれこんだのだが、さっそく蛤も網の上に乗せられた。暮れゆく浜辺の向こうに淡路島が春霞に浮き、潮香りが風にまじるなか、殻を開けた蛤に垂らした醤油の匂いが漂う。
焼きたての、舌がやけどしそうなのを口の中でなだめながら、貝のむっちりと弾力がある肉を咀嚼すればほとばしる旨味の熱汁。それはなんともまあ香ばしく、そして野趣の中の洗練、という他はない味で、一升瓶から手酌のコップでやる酒がどんどん進んだ。
いつのまにか月の光は波と浜を煌々と照らし、酔いもまわってまさに桃源郷。その代償は次の日の地獄の二日酔いであった。

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