晴れ。予報がいうほど寒くなし。
家人たちよりチョコレートもらう。一応手作りでピンクや濃紺の包装紙にリボンなんかかけてある。「人様に贈るのならともかく。食えば後はただのゴミなんやから家族の間でこんな無駄なことをするな」と言い聞かせていても治らない。
まったく女人といふものげにつまらぬことに神経と黄白を費ひたがる動物ではある。
いやそれ以上に、チョコをもらったもらなわい、手作りや高価なブランドチョコだから本音、それ以外は義理でどうのこうのといい年をした大人、しかもおっさんたちがこだわり、そしてはしゃぎたがる。
いやいや、あえてそういうことにこだわって一喜一憂しているふりをしてみせるのも、余裕のある大人の態度だと言えないこともないが。
若かりし頃、バレンタインデーから遠く離れた時期なのに「チョコレートは甘いからあんまり好きやないなあ。ウィスキーボンボンやったら別やけど」と一言もらしたばかりに、それこそ全国に散らばった女性たちからぼんぼんとウィスキーボンボンばかり2月14日の前後送られてきて往生した者にとって、今さらバレンタイン云々と騒ぐのは。フフッ…
と自分で書いていてもあほらしすぎる駄法螺だが、ウィスキーボンボンが好きなのはこれは本当で、あればかりは手作りはなかなか難しく、気が向いたら自分で買うことがある。
私の、すでに亡くなった叔父はむかし日本郵船の船乗りだった男で、世界各地の港町にゃ俺の女が待ってるぜ、と言っては叔母に怒られていたものだが、日本では見ることもできない外国のお菓子を土産に買ってきてくれた。
中でも、もはやどこの国のものだったか覚えていないが、ウィスキーボンボンをもらったことがあり、その美味さに大仰でもなく驚天動地の思いがしたものである。
チョコレートの甘さと、それがファーストコンタクトであった酒という未体験の味の組み合わせの妙は名状しがたいものがあり、絶妙な味わいに子供ながらに陶然とした。
2個以上食べようとすると「あかん」と言って取り上げられたが、時すでに遅し、今に至る酒好きの素地がウィスキーボンボンによって潜在意識の中にきっちりと縫い込まれた瞬間であった。私の酒デビューはウィスキーボンボンがそのステージだったわけである。
IMG_4702窓の外の街は暮れなじみの中にいる。暮色に明るさが増してきた。口の中でチョコレートが温かみを帯びて溶けていく。
“ため息まじりの夕暮れ、エナメルの靴も濡れてる、帰り道の水たまり、よけて通ることもない♪”…つい下手くそな鼻歌が出てきた。