雨の朝は比較的温暖だったが、昼前から晴れ間が冷たい風を伴いながら広がるほど寒さがぶり返してきた。
大江健三郎の「水死」を読み続ける。去年読んだ「晩年様式集」のプレリュード的な作品。
初期から中期にかけてのこの作家特有の難渋極まりない、悪文と紙一重の輻輳する文体はすっかり影をひそめ、平易な文章で綴られる「超私小説」としか言いようのない作品世界に引き込まれる。image
文章はわかりやすいが、文脈のつながりや小説中の小説、いわばミザナビーム的な叙述はそこは大江ワールド、しっかり読み込まないと置いて行かれてさっぱり訳がわからなくなる。
この作家の政治的スタンスにいろいろ毀誉褒貶があるところだが、それと作品とは別。彼とはある意味ライバル的存在であった三島由紀夫の作品に接する時の態度と同じである。
三島に関して大江はエッセーの中でこう書いている。

三島由紀夫の文体は見事だ、というのが定説ですがたそれはエラボレートという、泥くさく人間的な努力の過程をつうじてなしとげられた、「美しい文章」ではないのです。三島さんはマニエリスム的な操作で、頭のなかでこしらえたものをそこに書くだけです。書いたものが起き上がり対立してくるのを、あらためて作りなおして、その過程で自分も変えられつつ、思ってもみなかった達成に行く、というのではありません。三島さんのレトリック、美文は、いわば死体に化粧する、アメリカの葬儀社のやっているたぐいの作業の成果です。若い作家でそれを真似ている人たちがいますから、ここでそう批判しておきたいと思います。(「言い難き嘆きもて」より


あんたにだけは言われたくないよ、と泉下で三島が苦笑しているに違いない。
余談だが、大江の後期作品にはやたらヨコモジの語彙が出てくる。そこがちょっと鼻につく、私にとっては瑕疵に思えてしまう。いちいち辞書にあたらなくなくてはいけない。読み進めるのに一手間いる作家だ。

昨日の午前0時から今日、これを書いている今まで煙草を喫わず。昨日は喫いたくてたまらん衝動が5度ほど出来した。
どうしても喫いたくてたまらず七転八倒しかねない(大仰だが)状況に陥った時にニコレットを噛んだ。
この「薬品」の説明書には服用は1日4個までとなっている。少々の喫煙衝動が湧いている度に口に入れるわけにはいかない。
IMG_46911個を口に入れる。ニコチン特有のピリッとした味というのか刺激というのか、とにかくあまり気持ちのいいものでない感覚が特に舌の左右縁部分に広まる。
それを口腔内全体に広めるために、まだまだ原型をなしているガムを歯を擂粉木のように使い、ガムをのばすように口腔内と舌上全体に広げてゆっくりした咀嚼をくりかえす。
この過程が実に不快で、ガムにはおそらくミント系の香料らしきものがわずかに添加されているとは思うのだが、ニコチン成分がそれを凌駕しておりなんらの香料の効果が出てこず、ひたすらニコチンの味のイヤったらしい味を左右奥歯前歯の歯をフルに使い噛み、その段階ですでにただのニコチンの塊と化した粘着物を口腔内にまんべんなくこすりつけていく行程は、ニコチンは私にとってごっついイヤな奴であるということを大脳に刷り込むことだと私は勝手に信じているのだが、あながちハズレてはいないだろう。
この作業を1時間前後続ける。口全体と顎の周囲が懈くなってくる。唾液の中にもとから存在している糖分が、ニコチンの嫌味をますます引き立てて、時折嘔吐感が突き上げる。
服用個数が増えていくにつれて嘔吐感のスパンは短くなっていく。特に食後にこの吐き気はきつい。胃がむかむかしてくる。先ほど食べたもの一切ががクネクネと食道を上がってくるのがわかる。トイレに駆け込む。だから食後にニコレットを噛むのは家の中だけと決めている。
つまりこれは煙草をいちどきに3本も4本も立て続けにスパスパやったとやった時の不快さに酷似している。
この不愉快さにおいて、私なりの煙草に対するメンタルトレーニングというのかイメージ付け作業を繰り返す。
それは徹底的に煙草を悪(にく)むことである。以下のことを念じのリフレインする。
・煙草など体にとって何の益にもなるか!
・寝起きや仕事や食後、あるいは飲酒時における一服スパ~っの快感はごまかしの 爽快感じゃ!頭がすっきするのは刹那であって、その証拠にすぐに脳に膜が張られた状態になるやないか!
・2箱の煙草代で文庫本や新書が買えるぞ!名店といわれる店でたいていのラーメンが食えるやないか!
・煙草のけむりそのものはもちろん臭いが、いかにもついそこで煙草喫ってきましたってな匂いを体中から発散させている奴の無神経さにムカついていたが、それを自分も一昨日までやっていたのだ、恥を知れ恥を!
とかなんとか、そんなこんなで煙草や喫煙者を心で罵倒しながら、ひたすらくっちゃくっちゃくっちゃくっちゃくっちゃやっておるのだ。

昨年の4月にスマホに替えたわけだが、真っ先に入れたのは「SmartNews」というアプリ。この手のニュースアプリの老舗アプリである。
日経を含めた全国紙、スポーツ紙、夕刊紙、一部の地方紙の新聞関係はもとより、共同通信、時事通信などの配信会社、CNN、ロイターの日本語版、アスキーやGIGAZINEなどの電子ガジェット関連ニュース、ハフィントンポストといったオピニオンサイト、下世話な話題満載のJ-CAST等々、様々な媒体を網羅、記事はダイジェスト板が多いが、オピニオン系は結構長めの論文なども掲載されていて読み応え充分である。Screenshot_2017-01-27-12-43-14
このアプリで一旦読み込んだ記事は、一部ネットに接続してリロードしなくてはいけないものもあるが、原則的にオフライン時でも読める。
これが電車の待ち時間や移動中、クリニックでの診察待ちといったニッチタイムで、Docomoの電波でさえ入って来ない、Wi-Fiすら整備されていない、イマドキそれはどうかなな場所で結構な暇つぶしになる。
今のところ速報性についてはまだまだテレビ・ラジオの電波系メディアが優位だが、それでも紙媒体よりかは早い。
何度も読みたいものは、ぜひ紙の本で手元に置いておきたいが、ニュース記事のようなその場で読んでハイおしまいの類はこれで充分。とりあえず保存しとくかのような記事についてはEvernoteにクリッピングしておけばいいし。
私はおっさんだから、これまでよく紙の「日刊ゲンダイ」や「夕刊フジ」を買っていたものだが、今はこれで事足りる。
家で一応某全国紙をとっているが、最近ろくすっぽ見ない。紙面はすでに既知のニュースばかりである。
購読を止めようと一度新聞屋さんに連絡したら、このご時世どんどん購読中止が増えてウチもそろそろ店じまいと考えてますねんすんません頼んます後生ですからああ~せめてあと半年お続けくださいお願いしますと、私のような貧乏人にまですがる思いで頼むので、まあ20年ぐらいお世話になったしいろんな景品ももらったしなあと、購読中止は思い留ったのである。
アメリカでは新聞社が今日もどこかで1社が潰れているという表現がおかしくないほど衰退が加速しているという。あの国のなんでもかんでもを10年遅れで真似っ子する日本のことである。2027年にどれだけの新聞社が生き残っているのだろうか。
朝日新聞大阪本社の高さ200mのツインタワーの西の方が4月に開業する。すでに供用中の東のタワーと合わせて総事業費1000億円。完全に新聞事業に見切りをつけて不動産事業を核に据えている。
良きにつけ悪しきにつけ朝日新聞というのはまあ言ってみれば日本の大新聞オブ大新聞、新聞の象徴みたいな存在だったわけでそれをかなぐり捨てての大家さん稼業に転身。これまた新聞衰亡をそのまま絵に描いたようである。

妻と娘は化学調味料が嫌いで、彼女らの作る料理は私にとってもどうにも薄味に感じる。
舌の味蕾の感覚が年を経るほど子供の頃のそれに戻るというが、私が小さい頃は「味の素」の小瓶が当たり前のように食卓にあった。
母や祖母は早や調理の段階でそれをふんだんに使い、出来上がった料理にまたそれを振りかけて食べたものである。漬物にもかけていた記憶がある。
その頃の嗜癖が蘇ってきているのか、最近どうにも濃い味付けのものを好んでしまう。
生活習慣病の進行を早めるようなもので、なるべく避けるようにしているのだが、やはり薄味だと食べた気にならず、したがって満腹感も得られない。
夜、所用があって出かけるため、早めの夕食に妻にスパゲティナポリタンを作ってもらったのだが、どうも物足りない。けして不味くはないのだが。
で、粉チーズとタバスコをふんだんにかけ回す。チーズのコクとタバスコの辛さで薄味感をまぎらわす。image
妻は笑う。「そんなことよりパスタ200gを100gに減らす努力をしなさい。食べ過ぎやんか」と。
60を手前にこの健啖ぶりは如何ともしがたく、これが体重落としの阻害要因となっている。
しかし腹減るものは減るのだから仕方あるまい。私は空腹状態になると、日頃の温厚で紳士的な性格が一変、凶悪で陰険となりちょっとしたことで立腹するという邪魔くさい一面を持っている。
10秒に1回は「う~~~腹減ったぁ~」と低く唸りながらイライラと落ち着かず、家じゅうウロウロしだすのだから困ったものである。
今日はここ数日の厳しい寒さも一段落。やわらかい日差しの中を吹き渡る微風に険もなく外を歩いていると気持ちがいい。もちろん腹満ちた状態にいる上での穏やかな気分の中にいるせいもあるが。
冬の陽がやさしく明石海峡を暖めている。夕方5時前で太陽はまだ茜色の光を放っていない。ずいぶん日が長くなったものだ。
image

昨夜呑み過ぎて午後3時くらいまで頭イタタタで寝床でもそもそと本なぞを読んでいた。
活字本は頭に入ってこないので、コミックスを手当たり次第に手にとり適当な頁を開いて。
あ~あ、冬にしてはおだやかな日を家の中、それも寝床で無駄に過ごしてしまった。酒もほどほどに。いやいっそ止めようかな。その前に最近復活してしまった喫煙癖をなんとかしなくてはと。
下のポストに行ったら、ちょうどAmazonより一昨日発注した「ニコレット」が届いていた。日本郵便の封筒型小包を使っていて、悪評高き箱入り包装は止めたのだろうか。IMG_4690
なにせSDカード1枚を不釣り合いの大きさの箱で送ってきたことがあるからなあ。呆れてしまったことがある。
それにしてもだ、Amazonにはなんでもある。これはなんぼなんでもと「生鮮食品」で検索したら、米や野菜セットまで売られているではないか。
Amazonやヨドバシドットコといったネット専用のショッピングサイトはおろか、スーパーやデパートもネット販売&配達体制を整えて、家に居ながらにして飲食品日用品が買える。
日本のいわゆる街のお店屋さん、個人商店はよほどの特化された商品を扱っている店は別として、いずれ壊滅の途をたどるのかもしれない。
依然寒気が厳しい。散歩に出るのもおっくうだ。

小田原市役所の生活保護課の職員が、保護を申請や更新に来所した市民を威圧する文言を刷り込んだジャンバーを着込んで職務にあたっていたという事件。
当該職員たちに非礼を承知で言わせてもらうと「発想がやはり木っ端役人のやることだな」と鼻で嗤ってしまったのである。
indexテレビのニュースによっては、彼らがかような仕儀で職務遂行にあたるのは、全国どこの自治体においても生活保護課に申請や相談にやってくる人の中には職員に対して暴言を吐き、どころか命に関わるような暴力を働く狼藉者もいて、それで思いあまってあのような服を着た云々と職員をかばう観点で報じていたものもあったが、ではなぜ一部の来訪者が暴言暴力沙汰に及ばざるを得なかったのかまでを掘り下げてこそ、真の報道だと思うのだが。
役人が昔のように市民に向かってタメ口を遣い「あんた」呼ばわりするといった横柄な態度はさすがに今ではすっかり陰をひそめ、その応対は民間企業の窓口かと思うほどずいぶんマイルドになった。
なったはいいがマイルドすぎて謙譲語尊敬語の用法が明らかに間違っていることがあって、傍らで見ていて微笑ましい失笑(変な表現だが)を買わされてしまうこともままあるのだが。
ところが生活保護給付や出産手当など「本来胸を張って堂々と自治体から受け取る権利が担保されている金」の申請を受け付ける部署は相変わらず「えらそーに」な役人が多い。
根本的には給付金というもの市民が納めた税金を還元するだけなのに、まるで自分の金を恵んでやるかのような錯覚を起こしている職員が散見される。
「くれてやる」かの態度で接するから、いきおいその言葉もぞんざい態度も傲慢あるいは皮肉っぽく慇懃無礼、これでは神や仏のような人物でもカチンと来る。
申請者のうち気の強い市民なら一発や二発役人を張り飛ばしたくなるのはむべなるかな、である。
窓口で市民に暴言を吐かれ暴力をふるわれという目に遭遇した職員の数など実は微々たるもので、それの何十倍かの市民が本来給付されるべきはずのお金を、人を人と思わない役人を前にして萎縮してしまい申請せずして帰ってしまうのが実状ではないか。
働けない病気を抱えた50代の車椅子の女性に対して「とにかく働けや、体を売って働けば」と北海道の役人が言えば、出産扶助受給のために妊娠を告げた女性に「で、どこで堕すんですか?」と千葉県の窓口のケースワーカーがひとりの小さな生命を抹殺するようなことを平気で冷酷に申し渡す。
こんな当該部署の役人の、人の痛みに対しての呆れた無神経さなど氷山の一角である。
日本は申請主義の国である。まず本人が役所に出向き申請してはじめて権利の享受に預かれるという、民主主義の観点からして本末転倒な状態のままでいる。
これを役所側から困窮者を役所の方で探し、救済の方便を教示したり、本人に代わって手続きしたりすれば、(格差社会の象徴のようなアメリカでさえこの方式を採っている)最後のセーフネットの網からこぼれ落ちてしまう市民の数は激減するだろう。
それにしてもくりかえすが。自分たちのポケットマネーから誂えたというのならまだしも、市民の税金で作った実にくだらないジャンパーを着込んで権利者たる市民の前でイキがっていた小田原市職員生活保護課員の愚かさ、幼稚さには本当に嗤ってしまう。そのジャンパー、自分たちの子供の前で誇りをもって着られるか?

経営者自ら著した「南京大虐殺はなかった」という主旨の本を各部屋に置いて、宿泊したゲストが読めるようにしているホテルチェーンが、中国からの官民こぞっての抗議に屈せず「日本には言論や思想の自由があり、それに則って正しいと思うことを書いた、とやかく言われる筋合いはない」と公式に突っぱねたことに日本国内のみだが賞賛の声があがっている。post_17773_02
日本軍による南京虐殺はこれは動かせない歴史的事実である。虐殺された人の数に諸説あるが、日本の国の軍隊が自国の身勝手な都合で満州を皮切りに中国というよその国に大挙押し掛け、いらぬ戦争を引き起こし、あげく無辜の民間人を殺戮したことは南京のみならず、あの広い中国の各所で展開された、日本人としてけして忘れ去ってはいけない目を逸らすことなく直視しなければならない史実である。
たとえば何の罪科もない自分の娘や妻、母がその目の前で、日本軍の兵士たちにさんざん性的に蹂躙された果てにその陰部に銃剣の切っ先を突き入れられ陰部から腹にかけて無惨にも割かれゆく光景を目に焼き付けられずを得なかった親、兄弟姉妹、夫や子供たちの気持ちがどんなものだったかに対する想像をもう少し働かせることが出来るなら、少なくとも大上段から切り口上のように「南京大虐殺はなかった。虚妄だった」とは、人間の良心に照らせあわせば言えないし、あまつさえ書くことなど出来なかったはずである。
戦争になればどこにおいても軍隊による女性陵辱の事件は発生する(例を挙げると終戦直前に満州に侵攻してきたソ連軍によるもの)、あるいは非戦闘員である民間人に対する無差別殺人(広島長崎への原爆投下など)は付き物であるが、それなら中国に対して戦争を仕掛けた、しかしそこは同国人として身びいきで割り引いて考えて戦争せざるを得なかった状態にあったとしよう、そういう事態の原初は奈辺にあるかのとたどればすべて日本にあったのは言うまでもない。
戦争という状態を作り出したのは日本なのである。その延長線上に、あまり文字に表したくないが「支那のチャンコロが生意気な」という中国の人に対する根拠のない稚拙かつバカバカしい限りの優越感と蔑視が重なり、中国人を人間と思わず虫けらのよう殺せることが出来たことのバックボーンとなった。
最近、戦争そしてそれがもたらす悲惨さに関しての想像力欠如の人が増えてきた。
政治家、経済人、学者、など社会の重鎮をなす人に特に増えてきており、それぞれがおのれの想像力のなさのエクスキューズとしてどこかいびつさを感じるナショナリズムを代替していると思う。
この全国有数のホテルチェーンのオーナーがとて同じことだと思う。
真の知性とはこうしたナショナリズムから離れた場所で、虚心坦懐にあくまで第三者的な視線、くもりのない眼差しで彼我の是非を検証出来る能力をもつことだと私は信じている。
反知性主義の荒波が経済人にも押し寄せて来ているのだろうか。

昨日は「あえるだけパスタ」のペペロンチーノを夕食とした。
スパゲティ・ペペロンチーノ。イタリアでは別名「絶望のパスタ」と呼ばれているらしい。
貧乏のどん底にあっても、オリーブオイル、にんにく、唐辛子、塩さえあれば一応ひと皿のパスタを調えられることから来ているという。
日本でいえば「素うどん」「かけそば」の類か。だしと麺だけでうどんを食べたことになる。こちらの方がもっと貧乏くさい。
image貧乏ではあるがまだどん底ではないぞ、と苦笑しながらっ啜ったペペロンチーノ。ゆで上げた麺に添付の調味済みガーリック入りオイルソースをまぜあわせて、これも添付のドライガーリック、パセリ粉末をトッピングするだけ。
本格的に作れば当然もっと美味いのかもしれないが、お手軽すぎるにしてはさほどまずくもない。ペペロンチーノの外縁部の雰囲気は味わえる。
絶望的人格の持ち主、ドナルド・トランプが正式にアメリカ合衆国の新大統領となった。史上最低のもっとも大統領にふさわしくない人物であると、かの国民が出した答えが惨憺たる数字の支持率での就任だった。
一連の就任セレモニーは寄付金の多寡によってトランプ側の礼遇に差をつけられたという。まさに金にものを言わせて金で人を露骨にわけへだてするエゲツないやり方。
パーティではローリングストーンズがその使用を断り続けた「Heart of ston」がまた使われた。金を出して買ったのだから使うのは勝手だとばかりにアーチストマインドを金ぴかの靴で踏みつける。
分断するアメリカをひとつにまとめるのが最初の役割みたいなことを新大統領は言ったが、彼の支持者で一番厚い層であった、貧困層に転落した、かつての白人中産階級層が自分たちより下と見なしている移民や有色民族に対する露骨な蔑視と憎悪を煽るだけ煽って、弱者が弱者を排除することを強く推してきた下衆極まりない手法で大統領選に勝った輩がなにを寝言を言っているのだ。

昨日の昼過ぎから北西からの風がふきつのり、体のすべての末端部を萎縮させながら外出した。
朝よりトランプ新大統領の就任式のニュースでテレビはもちきり。
注目された演説であるが、英語力すこぶる不如意の私でさえ聞き取れて逐語的翻訳が出来るほど、簡単な単語を簡単な文法で並べてたてていた。
難しいことほど簡潔に述べることが大切、とはよく言われることだが、この銭勘定第一のビジネスだけが取り柄、およそ文化や芸術に縁がなく、その証拠に日頃居住しているところを金ぴかに飾り、これ見よがしにひけらかせている成金センスをもろに出す新大統領に、世界にもっとも影響を与える大国の長にふさわしい、地球的に人類的に高邁なテーマや理念を、imageこれからの自国の舵取りに絡ませて俯瞰的に止揚しながら語るという高等なことを求めても仕方がなく、選挙でさんざん繰り返していた「TPPからの脱退」云々、あるいが「雇用問題の解決」「アメリカをもっと強く」等々といった下世話なことばかりを繰り返しているに過ぎなかった。
およそ大統領就任演説にふさわしくない内容であった。失礼を承知でいうがまさになんとかのひとつ覚えのようなことを得意げにしゃべっていたというの正直な感想。

夜明け前に目が覚めることが多くなった。
ベランダに出て早朝の澄んだ空気の中で大きく吸い込む、最近復活気味の煙草がやたらに美味い。
朝食は八宝菜そば。いわゆるあんかけ焼きそば。IMG_4688麦焼酎の湯割りとともに食して一眠りする。
今日はアメリカの新大統領の就任式。絵に描いたような下品極まりない男があの超大国のトップに立つとは。
You Tubeで前大統領とこの男のスピーチ、もちろん訳文付きだが、を比べて反知性主義の波が世界中を覆い尽くしているのよくわかった。
オバマはスピーチだが、トランプのそれは人格品格最悪のオヤジただがなっているだけである。
彼は自分の茶坊主たちが合衆国史上最高IQの内閣だと自慢しているが、当の本人は知性や見識から天王星までの距離ほど離れた人物だから笑うしかない。

↑このページのトップヘ