今日(正確には昨日)は仕事休みで、ブログの下書きとか雑文をダイソーの2冊100円の大学ノートに書き連ねていた。バックに安物のCDデッキでチューリップ流しながら。
ちょっと開けた窓から入ってきたぬるい風が、ファンタグレープの泡をブチブチといたぶりやがる。
チューリップはじつはB面とかアルバム収録曲に案外いい曲が多い。
そのなかでも「なくした言葉」は大好きだ。
なんとなくビートルズの「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」に似ているなあって我見か、



豚肉の生姜焼を最初に考えた人は偉い。
この料理、トンカツと同じく日本オリジナルなのだろうか、それとも豚肉を使ったたいていの料理がそうであるように出自をたどれば中国に行き当たるものだろうか。
豚バラ肉の脂身のビロビロの部分から垂れ落ちる生姜味まじりの肉汁を白い飯めがけて落としながら、やおらパクつく瞬間のときめき感といったらない。
醤油と生姜で味付けされ、それを熱気でほだした豚肉の脂身の香ばしき旨さが、口の中で飯に混ざり込んでいく課程はまさに至高のひとときで、よくぞこんな料理を思いついてくれたものだと思わず右手に箸、左手に飯茶碗を持ったまま天を仰ぎ嘆息することしばし。
だったら最初から豚肉を飯の上に乗せて、いわば丼状態で食べたらさそや美味しいと思いきや、存外それほどではないからこれまた不思議である。
付け合わせの野菜はキャベツの千切り、これに限る。
そこがトンカツにも似ておもしろい、というより豚肉の相棒はキャベツもしくは白菜が一番であると再認識させられる。
豚角煮には大根だろうが!、酢豚におけるピーマンや玉ねぎの立場は?等々声がかかりそうだが、それはこの記事の都合上あえて無視する。
image

と、タイトルそのまんまである。では教えてやろう。
私が広告代理店に勤めていた頃にお取引頂いていた中小企業の社長さんたちの芳名を、実名登録が原則であるSNSで検索してもほとんど出てこない。
皆さん、私か私よりやや下の世代の人で「パソコンやネットが不得手だから」という言い訳は許されない、というより使えて当たり前の世代であるから、当然SNSとは何たるかをご存知であるはず。
しかるに登録すらしていない方がほとんどである。
理由は歴然としている。へんな言い方だがリアルで「リア充」だからである。
充実しすぎてリアルの人間を相手にして忙しくて、どこの馬の骨だかわからない「ネットのお友だち」とやらと繋がって遊んでいる暇なんかないのである。
ネットでことさらに「あ~忙しあ~忙し」と大昔の吉本新喜劇の谷しげるみたいなことを自分で言わなくたって、ただでさえ忙しいのである。むしろ「ふぁ~~~暇で暇でしゃ~~ない」と一度でいいからのんびり言ってみたい人たちなのだ。
社長さんたち、独立不羈と努力の人ばかりで、今の会社は自分が起業した人が7割、親譲りだが自分の代で大きくしたとまわりが認める人3割か。
誰しも若い頃から相当意識と志が高かった人たちであり、またそうでないと会社経営などやれないのだが、自分は「意識が高い」とは意識すらしなかったはずである。
だから「俺は意識が高いぜ。見てくれみんな」とSNSでアピールするという発想など起こりようがない。
そんなくだらないことにまわす時間があれば、ある社長は薄膜フィルムを計測するのにもっと高精細化を目指すことに費やし、別の社長はトランザクション処理の高速化プログラムを何回も書き直していたり、こちらの社長は金属加工において微妙で芸術的とさえ言える曲げの角度にこだわっている。
かといってこれらの作業工程のあれこれをネットにいちいち上げて「やっとうまいことやれました。これから自分へのご褒美に気に入りのお店でディナーしてきます」と、店に行きゃ行ったで料理の写真をうpして悦ぶような真似は逆立ちしてもやらない。
「おやりになったら如何ですか」と訊いたところで「なんでそんなことやらなあかんの。なんかメリットあるの。作業工程を見せる?そんなもんお得意さんに直接見せるもんでしょ。素人に見せてどないしますのん。褒美に料理?あほかいな。仕事してそのたんびに自分に褒美なんかやってたら、金がなんぼあっても足りますかいな」と至極当然な答えが返って来るだけだ。
真に意識が高い人とは、自分が目指していることや、大人として当然のことをさらっとして黙ってやってのけ、それをいちいち口に出さなくとも、まわりが勝手に認めて評価してくれる人たちのことである。
世に言う「意識高い系」とバカにされている人はこの逆で、非力でバカである自分(悲しいかな、そのことに気づいていない)を人気ラーメン屋ではないがマシマシにしてSNSを中心としてネット上で盛りたがる。
異業種交流会などでたまたまサプライズで現れた今をときめく企業(特にIT系)の社長の横にささっと近寄りぱぱっと自撮りして、その画像を載せてさもこの社長とは旧知の仲のように演出する。
夢語りはいいが「フェラーリに乗るのが夢」と臆面もなく語れる、稚気というよりたんに精神年齢が低いだけなのだが、勝手にやっとれ馬鹿かと哄(わら)いたくなるやつ。
何を夢見て頑張ろうがそりゃ本人の勝手だけど、即物的俗物的であんまり意識が高い夢とは思えんぞ。
「そういうやつのSNSの友だちをたぐっていけば類は類を呼ぶとはよく言ったもので、友だちもおんなじようなやつばっかりや」」と娘に言って講義はお開き。

神戸市営地下鉄の定期券がICOCAでも発売されるようになった。
ただし、今使っている従前の磁気カード方式の定期券がそのままICOCAへ移行出来るわけではない。
今の定期券を精算して解約、あらためて新規として買い直すという形になり、デポジット代として500円プラス1500円のチャージの義務が伴う。
都合2000円の出費となるが、紛失した時にすぐにJRもしくは地下鉄の最寄りの駅で、購入時に登録した暗証番号を告げ、紛失定期券を無効化してくれるのはありがたい。
私の地下鉄定期は三宮駅とわりと乗降客数が多い某駅とを結ぶ230円区間のだから、それなりに使いでがあり、拾った奴はおそらくに届け出なく、そのままちゃっかり自分のものとして使いやがるに違いない。まったくふてぇ野郎だ。
高額な定期代もさることながら、拾得者が「でひひひひ」と、ほくそ笑みながら使いくさりやがってと思ったら、それはそれはもう悔しくて仕方がない。
夜毎涙で枕を濡らし、ハンカチを奥歯で噛みちぎり、この恨み晴らさずにおくべきかと身体全体を瘧のようにうち震えさせる毎日であろう、とまだ落としも紛失もしていないが確信をもって言える。
これを想像怒りという。そのまんまやんけな名前であるが、思い出し怒りとともに持って行きようのない怒りの双璧である。
思わず地下鉄の車内で一人「落としたら悔しいやんけ!」と絶叫したものである。
2000円という濫觴の出銭を保険ととらえ、ICOCAで地下鉄もいこかと思案投げ首である。
ところで「AHOCA」というICカード乗車券もある。
これは定期券では発行されない。当日有効の普通乗車券のみで販売されている。
よほどの鉄道オタクでもなかなか入手しにくい。
発売日や発売駅の告知もなく、JRを含む関西全鉄道のどこかの駅で年に1日だけ売り出されるICカード乗車券である。
1枚100円。有効期間は1日。JRの「大阪都市近郊区間」、関西民鉄の「ぐるっと関西」区間内であればどの鉄道路線でも乗車可能である。
問題は降車時である。買った人間がツイていれば無料で改札を通れる。そうでなければなんと10000円の乗り越し運賃が請求される。
極端な話、JRの有効区間の最西端である播州赤穂駅から乗り、JR赤穂線、山陽・東海道本線をたどって京都駅まで乗り、そこで近鉄の京都線に乗り換えて、同大阪線山田線を乗り継いで伊勢駅まで行っても0円で済めば、大阪市営地下鉄御堂筋線梅田駅から乗車、一駅隣の淀屋橋で降りて10000円取られるということもあり得る。
まことにギャンブルマインドに溢れた乗車券なのだ。
10000円を支払うのは不服として自動改札の閉じられたバーを強行突破すれば、ドローンが「あほか。運賃払え払わんか」との電子音声を伴い、無賃乗車した不心得者をどこまでも追いかけていくという恐怖の乗車券でもある。
このドローンがまことに精緻巧妙に出来ており、ホバリングしながら10台の小さなドローンに分裂する。
CDよりひとまわり小さいサイズのドローンが、ターゲットをどんな細い路地のみならず屋内までまるで蚊の如くブーンブーンと唸りながら追いかけてくる。
何かをぶつけたり、手を伸ばして墜とそうとしても無駄で、中に仕掛けられたパチンコ玉を雨霰のように連射してくる。私も経験があるがあれを浴びせられた時の痛さといったらない。
AHOCAの名前の由来はICOCAから来ていると思われがちだが、実は古代中国に棲息していたと今に伝わる「阿房蚊」にちなんでいる。
関西弁の「あほ」の語源は、秦の始皇帝の「阿房宮」であるがそれと同じなのだ。
運験しに1枚買われては如何かとお勧めする次第ではある。あほか。

焼きそばはソース焼きそばより塩や醤油で味付けた焼きそばが好きだ。
塩焼きそばは淀屋橋にある、昼は大衆食堂、夜は居酒屋になる「京家」という店でその味を知った。
醤油系は「餃子の王将」の焼きそば。王将に行けば餃子と焼きそばとビール、とりあえずこの3点セットを注文する。
どちらの焼きそばも家庭で再現出来そうで、微妙にそれは無理なことだと思い知る。
素人の誰もが家庭で簡単に作れるものでお金は取れないよ、と言われているようだ。
塩焼きそばは塩とわずかにオイスターソース、そして味の素で調味する。
ソース焼きそば、あれはソースが完全に独裁者然として中華麺を抑圧しているが、塩や醤油のはそれらが下支えしながら、本来は邪魔なはずの中華麺の鹹水くささにいいアクセントを与えて美味く感じる。
image

昨日は三宮で飲んだ。
宴は夕方にお披楽喜となり、一人となり、センター街のジュンク堂で立ち読みをしていたら、頭の芯から前頭部右側にかけて急にズキズキと痛みだしてきた。
酒を飲んだ後は多少なりとも頭痛がするものだが、此度の痛さは尋常ではない痛みであり種類のものだった。
ジュンク堂当該店は、センター街を見下ろせるはめ殺しの掃き出し窓の下部に腰掛けのような縁をしつらえているが、酒の酔いでないよろめきでふらつく足をなんとかそこまで運び、へたりこむようにそこへ尻を下ろした。
痛む頭を抱えてしばらくうなだれていたのだが、「脳梗塞、脳内出血、脳血栓破裂、くも膜下出血、死ぬかヨイヨイか」と呪文のように声にもならぬ声でリフレインする。
とにかく落ち着け、まずはゆっくりと深呼吸、と言い聞かせてそれをくりかえしているうちに痛みは緩和されてきた。
そうして20分ほどうなだれポースでいたが、ほとんど痛みを感じなくなりようやく頭を上げた。
ゆっくりと立ち上がるとふらつきもない。恐る恐る歩き出す。なんとか歩けるようだ。
しかし地下鉄駅まで歩くのはつらい。センター街から地下鉄三宮駅まで腹立つくらい離れとる。ここらへんが大阪梅田と違うところで、梅田はJR大阪駅、阪急、阪神各梅田駅、地下鉄御堂筋線梅田駅谷町線東梅田駅四つ橋線西梅田駅と6つもの駅が角突き合わせるかのように近接している。せやから神戸は田舎やっちゅうねん。
神戸からすればまったく理不尽なことを毒づきながら、久しぶりに三宮からJRを利用した。快速電車に乗れば乗り換えなしでまっすぐに自宅最寄り駅まで帰れる。
ちょうど退勤時のラッシュ。三宮駅の夕方ラッシュ時の下りホームは相も変わらず殺人的な飽和状態。よくまあこれで事故が起こらないことだと思う。
この時間帯の快速は10両か12両編成。運用車両は221系か223系。それぞれ6連+4連、8連+4連の編成で入線してくる。
223系より221系の方が、1両あたりの座席数が若干多い設計になっているから、白い電車の12両が来るまでホームの東端で待つ。最後尾車両に乗れば確実に座れることを経験上知っている。
スーツを着た人で溢れているホームをぼんやりと眺めていると、大阪で勤めていた頃を否が応でも思い出す。「あ、部長、その件でしたら後ほどメールお入れしますわ」とかなんとか携帯の通話が聴こえてくれば「あんなこと俺もやってたやってたなあ。それが今はなんやねん。本来なら俺も50代最後の年とはいえ男の仕事盛りやんけ。ふん。アホがええ気になって平日の昼間から酒くろて頭イタタタでウロが来てくさる。さっきの頭痛が因で救急車呼ばれてなんて事態になりゃええ恥さらしやがな」と自嘲する。
あの尋常ならざる頭痛のひとときはもしかして警告かも知れない。天が「注意したるのはこれが最後やで。ええかげんしとけよ。後は知らんぞ」とばかりに。
と思いたくもなるような痛さだった。小心で器量度量ともに褊狭たる私は帰宅後、入浴も恐恐とそこそこに倉皇として寝床に退散したのであった。

↑このページのトップヘ