抗不安薬のエチゾラム(あの名薬「デパス」のジェネリックバージョン)が去年の10月から向精神薬に分類され30日分しか処方されなくなった。
1錠0.5mgを1日につき4回分処方してもらっているが、本来の抗不安薬としての効能に加え、肩こりや頭痛、軽い腰痛を抑える鎮痛剤としても効用がある万能薬でなにかと重宝しているので、30日リミットの処方は正直きつい。
他の生活習慣病薬とともに8週毎の処方であるから、次回の処方までとてもじゃないが保たない。
次回の4月半ばの処方日まであと10錠しかない。だから騙し騙し節約しながら服用しているとはいえ、当然服用の時間スパンは長くなるわけだから、その間にイライラや筋肉のこわばりを感じることが多くなる。脇下に汗が吹き出すこともままあり、かと思ったら頭の中に薄膜を張られたような症状も出て、そんな場合は何もやる気が起こらない。
困ったもんだとエチゾラム以外に処方箋なしで、つまり市販で買える抗不安や睡眠導入剤はないかとネットで調べたら「ウット」という薬が人気があるようだ。_SX425_
12錠で定価1,800円、Amazonでは送料込みで今日現在約1,300円の値づけである。
この薬の連続服用は1週間と限定されている。市販薬でも効き目は強い方だが、そのトレードオフとして副作用も結構報告されている。
私の場合、エチゾラムとの長年のつきあいで、この手の薬には免疫が出来ているからそのあたりは大丈夫だと思うのだが、安直に薬に頼ってばかりいると、やがてはアメ村あたりで売られているイリーガルのクスリ、ドラッグの世界に足を踏み入れかねないことを危惧して思案投げ首である。
もっともそんなものを入手するために要る先立つ物がないから、いらぬ心配ではあるが。
いざとなったら西成まで出張って、ユキネタといわれる安シャブでも買うか。しかし、あっこで売ってるのはポンプばっかしで炙りがないんや。当然純度がめちゃ低い。せやしよけいにタチの悪い中毒になる。ポンプはその名のとおり注射痕が残るしな。なによりあんなもんに手ェ出したら人間終いやで。
冗談はさておいて、エチゾラムの今は減薬状態でもある。転んでもタダでは起きない主義の私はこれを奇貨として、いっそエチゾラムの服用回数を大幅に減らすチャンスでもあると捉えている。
意外や意外、今、ニコレットを噛んでこれを書いているのだが、このニコレット、少なくともエチゾラム減薬から来るイライラや頭どんより状態をいくぶんか緩和してくれる。
ニコレットの主成分であるニコチンがそれを成さしめているのだから、考えれば意外でもなんでもないのだが。
煙草もこのごろ吸っていないし、身体にとってけっしてよくない向精神薬と喫煙癖の一掃に繋げていこうかと思っている。

今日より4月。どこかの大手企業の入社式があるのか、揃いも揃ってリクルートスーツの若者たちが朝の電車のロングシートに居並ぶ。
みごとに皆ほぼ同じ角度で背中を曲げて、スマホの上でせわしなく指を動かせている。
絵に描いたような没個性さ。一本の巨大な千歳飴が座席に寝そべっているかのようだ。
「個性ある人材を我が社は求めている」と、たいていの企業のトップは言う。
その言葉を本気にして個性を発揮しようものなら、周囲がよってたかって潰しにかかるのが日本のカイシャであり社会だ。
個性個性とのたまう本人が、自らの個性を殺し会社人間となりきり、常に上司の感情を忖度、周囲に対して仕事が出来る人物という印象操作にあけくれ、チョロチョロと鼠の如く巧妙に立ち回ってきたからこそトップに立てたのではないか、と嗤ってしまう。
シャープや東芝の無能経営者とその茶坊主重役どもをみているとそう思わざるを得ない。
春は3月で足踏みしていた。桜の開花が例年より遅い。
image画像は去年の4月2日のものだが、同じ桜を昨日見たら「蕾ふくらむ」の段階。
まだ裸木同然の木の下で、それでもママ友パーティだろうか、花見(というより枝見)の宴を張っていた。
シートの上をさっと盗み見ると、ワインのボトルが並び、ちゃんとガラスのグラスに注いでいる。
手製のサンドイッチやピザにローストビーフ、カナッペ、サラダボウルに山盛りの野菜などが所狭しと並べて、皆さんのおしゃべりにも花が咲く。
平安貴族の女官たちの、雅びたる花の宴のようで一幅の絵巻となりえる、というと褒めすぎだが。
缶ビール缶チューハイにカップ酒、日本酒一升瓶に紙コップ、乾き物、缶詰、スーパーのパック寿司などを猥雑に散開させ、放歌高吟高じて乱暴狼藉に至り警察官の世話となる酒嚢飯袋の下卑た連中の乱痴気騒ぎと大違いだ。
悲しいかな、花見の名所での宴はこういう手合いでほとんど占められている。だから私は花見の名所で桜を愛でようとは思わない。
酔うほどに密に咲き乱れる絢爛の桜花よりも、ローカル線の車窓でよく見かける、晴れ渡った空の下、畑の真ん中に立つ満開の一本桜に心惹かれるものがある。
そういう時、クロスシートでたまたま飲んでいた缶ビールがいっそう美味く感じられるのだ。

冷やしものの麺が美味しい季節になってきた。さっそくもりそばを食べる。
池波正太郎が「もりそばでそばの先をつゆに少しだけ浸して、というのは東京のそばつゆが辛いから。少量のつゆとそばを口の中で合わせてちょうどいい味になるようにしているから。甘いつゆならそばちょこ全体に浸したっていい。甘い、あるいは薄味のつゆにまで東京式に先だけを浸して食べる必要なんてない」という旨を、なにかの随筆で書いていた記憶がある。
ということで、乾麺だがいわゆる「藪系」「更級系」のそばがあったので、希釈タイプのそばつゆを薄めずに器に入れて、東京方式で食べる、つまり「縄をたぐっ」たわけである。
そう、普通に「そばを食べた」と言えばいいものを粋がって「縄をたぐる」と口にしたがる半可通が、どんなつゆでも「あ~あ、そばをあんなにヒタヒタにつゆ浸しちゃって」と言いたがる。
寿司屋にもこういう客がいて、付け台に肘なんかつきながら「しゃり」「がり」「むらさき」「あがり」といった寿司屋内の符丁を粋がって口にして、板さんに注文したり、連れの客に魚について蘊蓄を垂れたがる。
「魚(うお)の方をむらさきにちょっこっとだけ付けなさいよ」とかなんとか、余計なお世話でしかない講釈をぶち垂れる。
トーシロがなーにが「うお」だ「むらさきだ」。素直に「ネタ」「醤油」と言えよな…
と、そんな客を見て寿司屋は付け台の内側から、こっそり嗤っていることも知らないで。
そばである。先だけ浸し方式で食べると、たしかにたとえ乾麺といえど、ほんのかすかにそばの香りが喉の奥から鼻に抜けていった。
よくテレビの食レポ番組で、そばの名所や名店に行き、もりそばが出された瞬間「わ。美味しそう。そばの香りも立ってますねえ」とレポーターが言っているいるが、あれは嘘である。
どんなそばでも盛りつけた段階で、そばの匂いなどするわけがない。奥歯で咀嚼した段階でようやくそばは香りを出す。そば粉だけのそばほどこの香りの濃度は高い。咀嚼に至らず口に入れた瞬間に立つものもある。
もりの薬味は浅葱かわさびが多いのだが、わさびはつゆに溶かさず、箸でつまんだ麺の上に乗せて味わう。ただしこればかりは山葵そのものを買ってきて、おろし金、できれば鮫革を貼ったもの、ですり下ろしたものを使いたいものだ。
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北小へ行く途中にめちゃきれいな桜並木があるんや。
そこへさしかかったわしは思わず足を止めて、満開の桜に見入ったもんや。
時々吹く弱い風に花びらが舞い落ちる。
その中を腰にチャカ、エアガンやけどなてもうええか、を差し込んでミナ小へ殴り込みかけるわしは、さしずめ『唐獅子牡丹』の健さんみたいやで。
あっちは着流し、巻いた晒しに長ドス呑み込ませ、雪駄をチャラッチャラッと鳴らしてちゅうやっちゃが、こっちは上下「しまむら」で買うたジャージに玩具のテッポ挟んで、ラバーがすり減ったビーチサンダル、ペタペタいわしてって、えらい違いやけど侠(おとこ)の心意気に変わりはあるかいや。
川口、木村待っとけよ。
教え子をカタに取られた怒りも手伝うてや、カチ込みにかけた気分がぐっと盛り上がり自然に鼻歌も出てくるがな。
「ぼ~~くらはきっと待っている~君とまた会える日々を~さくら並木の道の上で~♪」
「おい、センせそこはやっぱ『唐獅子牡丹』やろが。義理と人情を秤にかけりゃ~義理が重たい男の世界~~♪」
前方でえらい音痴な歌が聴こえてきたんで、誰やいなと見たら、わりと大きな桜の木の後ろからから出てきたのはバルタン星人。
たしか6年2組のやっちゃ。
「ホシトやないけ。なんや?さっさと家に帰らんかい」
「センセ、どこ行くんや?」
「どこなとええやろ。おどれには関係あらへん。ほれ、下校時間もとっくに過ぎてるがな。宿題もあるやろが」
「ミナ小へ行くんやろ?。話は聞いたで。ボクも連れてってくれや。川口君や木村君には一方ならぬ義理がおますんや」
「あかん、あかん。なんでもええけどおまえ声変わりもしてないのにそんな低い声よう出せるなあ」
「そんなこと放っといてくれや。なあ、なあ、なあて。連れてってくれや」
「あ。こら。服をつかむな。おまえにつかまれたらたとえドンゴロスでも破れてしまうがな」
「いやや、連れてくれるまで離したれへん」
「ドあほ!可愛い教え子連れ戻すのに教え子についてきてもろた、と言われたらわしが恥かくんや。北小の鬼沢龍二は先公の風上にも置けんヘタレのガキや、ちゅうてこの世界では誰も相手にしてくれんようになる。必ずわしが川口らを助けだすよって、おどれは安心して待ってたらええんじゃい!」
「いやや!絶対ついてったるからな」
「おまえもわからんやっちゃのう。よし、こうしょう」
「そうしょう、そうしょう」
「まだ何も言うてへんかな。わしと勝負しようや。わしがおどれに負けたら、おまえを連れたる。わしが勝ったら、おまえはこのまま家に帰り。ええな」
「勝負て何のや?」
「はよカタがつく勝負や。わしは急(せ)いとるねん、ジャイケンや」
「ジャイケン?」
「そうや。インジャンとも言うな」
「よし。それでええわ。ボクが勝ったらセンせ約束やで。きょう日の大人は信用でけんからな」
「生意気言うな。いくでぇ、インジャンでほーい」
当然わしはグーを出した。
当然ホシトは負けた。
「わちゃー、負けたっ!ボクいっつもジャイケンでグー出されたら負けてまうねん、チキショー!」
「……何も訊かいでもおまえが相当アホなんはようわかる」
「な、なんでやねん!」
「おまえが勝てるただ一人の相手はミッキーマウスだけや。ドラえもんには絶対勝たれへん。そこをようわかっとけ。さっさとジャージから手を離さんかい!」
跪いて肩をうなだれ、「ボ、ボクも行きたかったのに…」しゃくり上げているバルタン星人を後目(しりめ)に殺してわしは歩を急がせたんや。
ホシトよ、アホやけどおどれの侠の誠はようわかった。
お互い、侠で生まれて侠で死にたいもんや、せやろ。


職員室のデスクの上に足を乗せて、わしは放課後の疲れを癒やしとったんや。
スマゲーの「ローグファーム」ちゅうやっちゃ。
小学校の先公の給料なんて知れとる。
せやから無料の範囲で遊んどる。
「課金の分はあんたが払いや」と嫁はんにきつう言われとんのや。
ゴロまくんやったらどんな小学生にも負けへんけど、嫁はんにはめちゃ弱いんじゃい。
もうちょっとでボスキャラ倒せて畑が大きなるちゅうときにや、吉田が飛び込んで来よったんや。
「センセ、や、やられたんや~~」と裏返った声出してバタッと倒れよった。
見たら吉田は鼻から下が血まみれや、顔のそこらじゅう腫れあがっとるがな。
わしは椅子から飛び出して、可愛い教え子を抱きかかえたんや。
「吉田、どないしたんじゃい!」
「センセ、すんまへん、北小の奴らにボコされましんや。川口も木村もですわ」
「なんやと!北小のどいつがやりよったんや」
「蒲田です」
「蒲田て、北小きってのオカマでしかも番を張っとるあのガキかい?」
「そ、そうですわ。川口と木村返して欲しかったら、センセ呼んでこいちゅうて」
「なにぃ?わしに来いちゅうとんかいや。子供のくせして大人呼びつけるとはなんちゅうガキや。よっしゃ、吉田、おどれは保健室で寝とれ。で、蒲田のあほんだらはどこにおるんや」
そこへ教頭が職員室に入って来よった。
「話はここへ入りしなに聞いた。北小は最近わしらをナメくさっとる。特に若頭の田崎のボケ、小学校の教頭のくせしてわしらの米びつに手ェ入れるような真似しとるらしいやないけ。龍二、きっちりケジメとって男になって来い。骨はわしが拾たるで」
「カシラ…ありがとうございます。オヤジには?」
「校長にはわしからあんじょう言うといたる。道具持っていけ。かまへん」
わしはデスクの抽斗を開けてエアガンを取り出した。
職員室の後ろに置いたある水槽に向けてパシュパシュと試し撃つ。
水槽は見事に割れて和金と出目金が飛び出し床でピチャピチャ跳ねよった。
しもた! わしは今週職員室の生き物係やった。
「金魚のことなら気にするな。わしがまた夜店ですくうてきたる。水槽と水草、ポンプのセットはおまえがコーナンで買うてこい。2,980円で売っとる。税込みやったらええと3,218円やな」
こういうとこは教頭、いや若頭は細かいというよりぶっちゃっけセコい。
せやけどそれは、わしらの世界では思てても口にしたらあかんこっちゃ。
上の言うことは絶対や、上がラーメンを見て寿司やちゅうたらそれは寿司になるんや。
これがわしら侠(おとこ)の世界や、う~んマンダムちゅうやつやねん。
わしはチャカ、エアガンやけどな、を腰のズボンに差し込んだ。
蒲田、待っとれよ、きっちりカタにはめたーら!
オカマにはわからん侠(おとこ)の世界ちゅうやつ目ェ据えて見やがれ!


「社長、いかがです?時候もええことやし、今度の土曜か日曜、久しぶりにコースごいっしょさせて頂けませんか?」
「いやあ、わしもゴルフ好きやしね、行きたいのは山々やけどな、うちのカアちゃんがな『休みのたんびにゴルフ、ゴルフていいわね、たまにはわたしも有馬か白浜でのんびりしたいわ』と、こう嫌味をかましよるねん。悪いけどまたにしようや」
と、苦笑とともに言われて、ああそうですか残念ですね、と聞き流す営業マンは無能だ。
社長は言外に「温泉でも連れて行って女房孝行したいんや、なんとかならんか」と謎をかけていることに気づくこと、要するに「忖度」というのはこういうことである。
「肚芸」とも言える。あるいは「阿吽の呼吸」か。空気を読み取ることよりもっとタフな目抜き力と気配り力を要求される。
れいの籠原のおっちゃんが、海外プレス相手にした記者会見した際、この「忖度」という言葉を口にしたのだが、通訳はこれを「言葉と言葉の間を読みとる」ような意味合いで英語に訳していた。ま、おそらく海外の記者には理解不能だろう。
英語は「理」の言語、日本語は「情」の言語だ。「俺の目を見ろ、なんにも言うな」である。肚のうちを探って言葉に出さずして互いに分かりあえることに努力しないと、この日本ではやっていけないよ、移民や海外からの単身赴任者、あるいは留学生諸君は。
学生の頃、英作文の授業で思ったのは「逐語的かつ説明的具体的に訳さないといけないなんて、なんて英語はまどろこっしいんだ。『曖昧』のよさを理解できないとは。英米人って相当アホなんや」と。
だから「忖度」という、ある意味高度な心理操作など外国人には無理だと威張ってはみたもの、まあ日本の常識は世界の非常識とも言えないことはないが。
中央にしろ地方にしろお役人の世界はとかく出世志向主義者の巣窟のようなもので、たえず上司の肚のうちを忖度し、同時に我が身の保身に汲々としている世界、総理大臣といえば政官両方から見てこれ以上はない「上司」である。
その嫁が国有地取得認可の件で関係官庁に問い合わせた時点で、それは総理という上司の肚とみられる。これを「忖度」して上司の気に入るように動く(そもそも官民ともに宮仕えの身ならこれが出来なきゃな)のは当たり前であり、総理と嫁がいくら圧力はかけていないと言い張ってもそれは通らない。籠原のオヤジが言ったことは至極当然のことと納得できる。
imagesいささか品のない言葉で言わせてもらえばこの嫁は明らかに「さげまん」女である。夫婦共働き、仕事でもパートナーの関係ならいざ知らず、夫の仕事の領域にかくも具体的にしゃしゃりで出てくる女にロクな女はいない。
と言ったところで女性差別でもなんでもない。事実である。社長夫人の出しゃばりに泣かされている会社員ならよくわかるはず。
嫁はんが出しゃばったおかげで婿はんの首相は言い訳弁解詭弁屁理屈を並べ立て防戦一方である。
野党もひとつ覚えのように「口きき口きき」と攻めているが、与野党の地方自治体国会議員問わずツテがあれば、なぜか認可が下りやすく、なせか生活保護申請もすんなり通り、なせか交通違反切符が取り消しとなり、他にもあるが道理が引っ込み無理が通るケースがいっぱいあるのはなんでかな~と嗤ってしまう。
議員センセ方は口ききで選挙資金の元を取る。これって日本の常識で、しかし世界の非常識かな。よーわからん。

予報によると西日本は今月末まで春本番とはならないようだ。
むしろ東北北海道の方が例年より高めの気温と晴天が続くという。
不思議なもので、たとえば鹿児島や福岡で桜の開花がありましたと見聞きするより、青森や札幌で桜がようやくほころび始めました、の知らせの方が嬉しく思う。
「来たか来たか、そうかそうかよかったなあ。春がそっちにも来たか」とテレビに向かってうんうんと頷いていたりする。ついでに「すらかば~あおぞらぁ~みなみかぜ~♪」と調子外れに歌っては「うるさいなあ」とカアチャンに怒られてたりする。
それにしてもこちら関西は依然薄ら寒い日が続く。例年の今頃は薄手の春物ブルゾンに切り替わっている。それがまだ布団のような綿入りのそれが手放せない。
近所のスーパーで「マルちゃんのカレーうどん」5袋パックが安かったので買ってきた。寒い日の昼飯にちょうどいい。
袋入り即席麺のカレーうどんはこのブランドだけしか見かけない。
ぶっちぎりのシェアを誇っている。私が小学生の頃すでに売られていた。それ以来のファンである。私のような人が数多くいるのだろう。
知っている限り「甘口」(これが一番の売れ筋)「辛口」「甘辛口」の3種の味が発売されていて、「甘口」はどこのスーパーでも見かけるが、後2者は扱う店にばらつきがある。これは同じマルちゃんの「昔ながらの中華そば」にも言えることだが。
豚バラ肉と九条ネギだけを具とする。袋の裏面にはまず3分煮て、添付のカレースープを投入しさらに2分煮込むとある。image
豚肉を入れているのでスープ投入後は3分間煮込む。ゆっくりとよくかき混ぜないとスープがダマのまま残ってしまう。
かきまぜながら、チャツネやカレールーが余っていれば放り込む。コクが出て違ったカレーの味を楽しめる。超激辛のサドンデスソースを1~2滴落とせば激辛カレーうどんになる。今日は胃の調子がもうひとつなので七味唐辛子パカスカ掛けに留めておく。
このうどん、5分間よりも6分間煮た方が麺のつるつる観と腰が出てくるような気がする。
豚バラ肉の脂身ビロビロにカレーがよく滲みこんでいるのを楽しんで麺をたいらげたら、残った汁にご飯を放り込んでも美味い。

ubunntuをUSBから起動させたといってもLinuxの初歩の初歩のレベルである。
理想はデュアルブーストで、やはりHDから起動させてこそである。そのためにはHDのパーティションという作業が待っている。
ネットを見ると、これがやや難しくコマンドをいろいろ打ち込んで記述しないといけなさそうだ。昔のDOSコマンド打ちを思い出す。必要はスキル向上の母。おいおいやっていくことにする。
最新のWindowsマシンを買う金があれば、こんな手間なことはやらずさっさと買っている。
物事万事お金がなければ知恵を使う。お金で解決出来るならそうしたい、それが出来ないから頭を使うわけだ。
世の中一番賢いヤツは金を持っているヤツから金を引き出させることだ、黒川博行「後妻業」を読んでいて思う。
これに出てくる小夜子という数え年70のババアの、もはや悪女のレベルを超えた魔性ぶりがいい。IMG_20170322_133744
この女とコンビを組む柏木がこれまた一癖も二癖もある悪の四十男で、妻に先立たれ老いてやもめの身となった、小金持ちの爺さんたちに小夜子らを後家として送り込み、老い先短いのをさらに人為的に短くさせて寿命を閉じさせ、その遺産を搾り取るというのが物語の肝、彼がいわば狂言回しとして物語を進めていく。
黒川の小説は昔から好きで、主人公のほとんどはどいつもこいつも救いようのない悪ばかりである。胡散臭いヤツが、おそらく日本で一番数多く棲んでいるであろう大阪という魔都を舞台に、悪知恵を働かせて彼らは暗躍蠢動する。
「後妻業」が去年映画化されたことは知っていたが、小説や漫画が映画化されて原作を超える出来であった話など、他人はどうか私は聞いたことがないので、観ない(観る気すらないが)うちからこの「後妻業」の映画もそうであると決めつけている。大竹しのぶ好かんしな、笑。
「けど、昨日、ナースがおしめを替えるとき、ちんちんの裏を拭いたら、ううっと声を出すんや。棺桶に首まで浸かってんのに、まだ忘れてへんのやで」
「爺は勃ったんか」
「勃つわけないやんか」
「倒れる前の話や」
「あいつ、スケベやねん。勃ちもせんくせにちんちん触ったったら、えらい興奮して、わたしのパンツを脱がそうとする。せやから、一回、一万円であそこを見せたるんや」
「あんた、金とって見せてたんか……」
「あたりまえやんか。女のいちばん大事なとこをタダで拝もうなんて甘いわ」
「ええ根性やの」
感心した。大した女だ。徹底している。「おれにも一万円で見せてくれるんか」
「あんたはタダでいいわ」
小夜子は肘掛けに寄りかかって脚を組んだ。「ちんちんも舐めたげる」
「そいつは、おれが金もらいたいな」
「やめてよね。嘘に決まってるやろ」
小夜子と柏木、悪徳コンビのターゲットの91歳の爺さんが脳梗塞で倒れた後のシーンだが、年をとっても哀しき男の性(さが)をさらりと下品であけすけ、しかしどこか小洒落たテンポのいい会話の応酬で描いてみせる。大人の漫才でもある。
昼下がりのビールと、そして頁めくりが進む。 

作業メモ代わりに。

目的はWindows環境とLinuxのそれとの併用。
マシン内蔵HDにLinux関係は入れない。
すべてUSBメモリで完結させる。

32bitマシンであるから、それ用のLinuxディストリビューションを探した。
数ある中でubuntu15.04"vivid Vervet"を選択。
以前一度落とした別のver.のisoファイルは消す。

USBメモリへの書き込みには、フリーの「LinuxLiveCreator」を使用。直接USBメモリにisoファイルを書き込ませた。Linuxlive4
一旦USBメモリを抜き、マシンを再起動させる。
HPのロゴが出たら、F10キーを押しBIOS設定画面を出す。
BIOSが起動の際、一番最初にUSBメモリを読み込ませるように設定を変える。
BIOS設定画面から抜けて、オートで再起動となる。その時にUSBメモリを挿す。
ubuntuのデスクトップが出た。一応、素の段階のLinuxが稼働出来たわけだ。

IMG_20170321_162346「ubuntuを試す」「インストールする」の画面が出た。ここでインストールをクリックしたらまったく意味がないどころか、先日システムやファイルのバックアップを取ったとはいえ、また一からWindowsをリストアしなくてはいけない。当然「試す」をクリック。

一番心配だったのはADSLモデム経由でネットへ接続出来るかどうか、だったがプリインストされたFirefoxでチェックする。
検索ボックスには日本語は入れられない。アイコン名はツールバーなどは日本語表示であるが、ユーザが日本語の入力と変換を行うには日本語入力のアドオンが必要みたいだ。

それは後日するとして、適当に英文字で日本語単語を入れるとリストが並び、適当にクリックしたらそのサイトに行けた。つまりはネット接続はOKである。要はネットで使うからLinuxを入れたわけで、当初の目的はクリアしたか。

先ほど「素のままのLinux」と書いたが、プリインスト(なぜかAmazonリンアイコンクがある、笑)のアイコン以外のものはセキュリティも含めて、あんたがカスタマイズしてちょうだいね、と言うことだ。IMG_20170321_162958
自由度が高いところにLinuxの値打ちがある。

シャットダウンの項目があったので、クリックして電源を落とす。USBメモリを抜く。
あらためて電源を入れて、F10キーを押しBIOS設定を呼び、デフォのCD-ROMからの起動に変えておく。いつもどおりのWindowsのデスクトップが出た。

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窓外見やれば春の陽光まぶしく、日差しのラインを五線譜がわりに、洗濯物を干す妻の鼻歌が音符となって流れ落ちている。
時には音階を踏み外し、楽譜が弦となり弾き飛ばした音符たちがベランダの床で所在なさげだ。
その妻がこぼすには、いかなごのくぎ煮に使うシラスの値段がこのところずっと高止まりしているとの由。
不漁といわれた去年よりも今年は解禁直後から漁獲量が伸び悩み、そこへもって、ここ10年の間にくぎ煮は徐々にメジャーな存在へと変わり、本来は播磨灘沿いでしかも早春から晩春にかけてしか食されなかった素朴な地方料理は今では年中大阪のスーパーやデパートで売られているぐらいに出世した。
ネットのレシピサイトの普及も手伝い、播磨灘のみならず京阪神の家庭でも気軽にそれぞれ独自の味付けのくぎ煮を家でこしらえるようになった。
IMG_1322単に飯菜や酒肴に食されるだけではなく、チャーハン、トースト、サンドイッチの具など、これを使った料理のバリエーションも広がっている。
需要が大きい先に供給も大きくするのが経済原則というもの。かくして播磨灘沿岸よりはるかに巨大な消費地である大阪方面への出荷が激増し、それが本来の我々地元の品薄と高騰の現象をもたらしている、というのが家の近所で商う魚屋の大将の話であった。
日頃世話になっている人へ万分の一のご恩返しの代わりになどとは口はばったくとてもじゃないが言えた義理ではなく、本音としてのご笑納遊ばせで召し上がって頂く分、そして大阪に住む老いさらばえた私の父母、特に認知の症状が認められ養護老人ホームに入所している母はくぎ煮だけはわかるらしく、義理のつく親にそれを教えた妻の味付けの子細をいまだ忘れず、いちいちそれを口にしながら、美味しい美味しいと食べてくれ、それを見ている妻の目の端に光るものを見ていると、極道息子も親孝行の真似事の爪の先ぐらいは出来たかと自惚れ、妻に心の中で手を合わせたりもする。
そういった方面へ、多寡が知れた量をタッパに入れて送り、あるいは届けるのだが、自家消費分や肉親に食わせる分は諦めて、せめて人様にご賞味いただく分だけでも確保したいのだが、1kgあたり5,000円前後(10年前なんぞ1,000円もしなかった)をずっと維持している現状ではそれもままならぬと嘆くことしきりなのである。
新長田をはじめ神戸の各所で、いかなごくぎ煮のイベントが目白押しなのだが、また神戸市明石市などの自治体もご当地グルメとして全国にPR相これ努めているのだが、相手は生き物、捕獲高の高低(たかひく)を見定めてからやれ、と見当ちがい、いやあながちそうでもないぞ、どちらでもいいが八つ当たりもしたくなる今日この頃ではある。

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