昨夜呑み過ぎて午後3時くらいまで頭イタタタで寝床でもそもそと本なぞを読んでいた。
活字本は頭に入ってこないので、コミックスを手当たり次第に手にとり適当な頁を開いて。
あ~あ、冬にしてはおだやかな日を家の中、それも寝床で無駄に過ごしてしまった。酒もほどほどに。いやいっそ止めようかな。その前に最近復活してしまった喫煙癖をなんとかしなくてはと。
下のポストに行ったら、ちょうどAmazonより一昨日発注した「ニコレット」が届いていた。日本郵便の封筒型小包を使っていて、悪評高き箱入り包装は止めたのだろうか。IMG_4690
なにせSDカード1枚を不釣り合いの大きさの箱で送ってきたことがあるからなあ。呆れてしまったことがある。
それにしてもだ、Amazonにはなんでもある。これはなんぼなんでもと「生鮮食品」で検索したら、米や野菜セットまで売られているではないか。
Amazonやヨドバシドットコといったネット専用のショッピングサイトはおろか、スーパーやデパートもネット販売&配達体制を整えて、家に居ながらにして飲食品日用品が買える。
日本のいわゆる街のお店屋さん、個人商店はよほどの特化された商品を扱っている店は別として、いずれ壊滅の途をたどるのかもしれない。
依然寒気が厳しい。散歩に出るのもおっくうだ。

小田原市役所の生活保護課の職員が、保護を申請や更新に来所した市民を威圧する文言を刷り込んだジャンバーを着込んで職務にあたっていたという事件。
当該職員たちに非礼を承知で言わせてもらうと「発想がやはり木っ端役人のやることだな」と鼻で嗤ってしまったのである。
indexテレビのニュースによっては、彼らがかような仕儀で職務遂行にあたるのは、全国どこの自治体においても生活保護課に申請や相談にやってくる人の中には職員に対して暴言を吐き、どころか命に関わるような暴力を働く狼藉者もいて、それで思いあまってあのような服を着た云々と職員をかばう観点で報じていたものもあったが、ではなぜ一部の来訪者が暴言暴力沙汰に及ばざるを得なかったのかまでを掘り下げてこそ、真の報道だと思うのだが。
役人が昔のように市民に向かってタメ口を遣い「あんた」呼ばわりするといった横柄な態度はさすがに今ではすっかり陰をひそめ、その応対は民間企業の窓口かと思うほどずいぶんマイルドになった。
なったはいいがマイルドすぎて謙譲語尊敬語の用法が明らかに間違っていることがあって、傍らで見ていて微笑ましい失笑(変な表現だが)を買わされてしまうこともままあるのだが。
ところが生活保護給付や出産手当など「本来胸を張って堂々と自治体から受け取る権利が担保されている金」の申請を受け付ける部署は相変わらず「えらそーに」な役人が多い。
根本的には給付金というもの市民が納めた税金を還元するだけなのに、まるで自分の金を恵んでやるかのような錯覚を起こしている職員が散見される。
「くれてやる」かの態度で接するから、いきおいその言葉もぞんざい態度も傲慢あるいは皮肉っぽく慇懃無礼、これでは神や仏のような人物でもカチンと来る。
申請者のうち気の強い市民なら一発や二発役人を張り飛ばしたくなるのはむべなるかな、である。
窓口で市民に暴言を吐かれ暴力をふるわれという目に遭遇した職員の数など実は微々たるもので、それの何十倍かの市民が本来給付されるべきはずのお金を、人を人と思わない役人を前にして萎縮してしまい申請せずして帰ってしまうのが実状ではないか。
働けない病気を抱えた50代の車椅子の女性に対して「とにかく働けや、体を売って働けば」と北海道の役人が言えば、出産扶助受給のために妊娠を告げた女性に「で、どこで堕すんですか?」と千葉県の窓口のケースワーカーがひとりの小さな生命を抹殺するようなことを平気で冷酷に申し渡す。
こんな当該部署の役人の、人の痛みに対しての呆れた無神経さなど氷山の一角である。
日本は申請主義の国である。まず本人が役所に出向き申請してはじめて権利の享受に預かれるという、民主主義の観点からして本末転倒な状態のままでいる。
これを役所側から困窮者を役所の方で探し、救済の方便を教示したり、本人に代わって手続きしたりすれば、(格差社会の象徴のようなアメリカでさえこの方式を採っている)最後のセーフネットの網からこぼれ落ちてしまう市民の数は激減するだろう。
それにしてもくりかえすが。自分たちのポケットマネーから誂えたというのならまだしも、市民の税金で作った実にくだらないジャンパーを着込んで権利者たる市民の前でイキがっていた小田原市職員生活保護課員の愚かさ、幼稚さには本当に嗤ってしまう。そのジャンパー、自分たちの子供の前で誇りをもって着られるか?

経営者自ら著した「南京大虐殺はなかった」という主旨の本を各部屋に置いて、宿泊したゲストが読めるようにしているホテルチェーンが、中国からの官民こぞっての抗議に屈せず「日本には言論や思想の自由があり、それに則って正しいと思うことを書いた、とやかく言われる筋合いはない」と公式に突っぱねたことに日本国内のみだが賞賛の声があがっている。post_17773_02
日本軍による南京虐殺はこれは動かせない歴史的事実である。虐殺された人の数に諸説あるが、日本の国の軍隊が自国の身勝手な都合で満州を皮切りに中国というよその国に大挙押し掛け、いらぬ戦争を引き起こし、あげく無辜の民間人を殺戮したことは南京のみならず、あの広い中国の各所で展開された、日本人としてけして忘れ去ってはいけない目を逸らすことなく直視しなければならない史実である。
たとえば何の罪科もない自分の娘や妻、母がその目の前で、日本軍の兵士たちにさんざん性的に蹂躙された果てにその陰部に銃剣の切っ先を突き入れられ陰部から腹にかけて無惨にも割かれゆく光景を目に焼き付けられずを得なかった親、兄弟姉妹、夫や子供たちの気持ちがどんなものだったかに対する想像をもう少し働かせることが出来るなら、少なくとも大上段から切り口上のように「南京大虐殺はなかった。虚妄だった」とは、人間の良心に照らせあわせば言えないし、あまつさえ書くことなど出来なかったはずである。
戦争になればどこにおいても軍隊による女性陵辱の事件は発生する(例を挙げると終戦直前に満州に侵攻してきたソ連軍によるもの)、あるいは非戦闘員である民間人に対する無差別殺人(広島長崎への原爆投下など)は付き物であるが、それなら中国に対して戦争を仕掛けた、しかしそこは同国人として身びいきで割り引いて考えて戦争せざるを得なかった状態にあったとしよう、そういう事態の原初は奈辺にあるかのとたどればすべて日本にあったのは言うまでもない。
戦争という状態を作り出したのは日本なのである。その延長線上に、あまり文字に表したくないが「支那のチャンコロが生意気な」という中国の人に対する根拠のない稚拙かつバカバカしい限りの優越感と蔑視が重なり、中国人を人間と思わず虫けらのよう殺せることが出来たことのバックボーンとなった。
最近、戦争そしてそれがもたらす悲惨さに関しての想像力欠如の人が増えてきた。
政治家、経済人、学者、など社会の重鎮をなす人に特に増えてきており、それぞれがおのれの想像力のなさのエクスキューズとしてどこかいびつさを感じるナショナリズムを代替していると思う。
この全国有数のホテルチェーンのオーナーがとて同じことだと思う。
真の知性とはこうしたナショナリズムから離れた場所で、虚心坦懐にあくまで第三者的な視線、くもりのない眼差しで彼我の是非を検証出来る能力をもつことだと私は信じている。
反知性主義の荒波が経済人にも押し寄せて来ているのだろうか。

昨日は「あえるだけパスタ」のペペロンチーノを夕食とした。
スパゲティ・ペペロンチーノ。イタリアでは別名「絶望のパスタ」と呼ばれているらしい。
貧乏のどん底にあっても、オリーブオイル、にんにく、唐辛子、塩さえあれば一応ひと皿のパスタを調えられることから来ているという。
日本でいえば「素うどん」「かけそば」の類か。だしと麺だけでうどんを食べたことになる。こちらの方がもっと貧乏くさい。
image貧乏ではあるがまだどん底ではないぞ、と苦笑しながらっ啜ったペペロンチーノ。ゆで上げた麺に添付の調味済みガーリック入りオイルソースをまぜあわせて、これも添付のドライガーリック、パセリ粉末をトッピングするだけ。
本格的に作れば当然もっと美味いのかもしれないが、お手軽すぎるにしてはさほどまずくもない。ペペロンチーノの外縁部の雰囲気は味わえる。
絶望的人格の持ち主、ドナルド・トランプが正式にアメリカ合衆国の新大統領となった。史上最低のもっとも大統領にふさわしくない人物であると、かの国民が出した答えが惨憺たる数字の支持率での就任だった。
一連の就任セレモニーは寄付金の多寡によってトランプ側の礼遇に差をつけられたという。まさに金にものを言わせて金で人を露骨にわけへだてするエゲツないやり方。
パーティではローリングストーンズがその使用を断り続けた「Heart of ston」がまた使われた。金を出して買ったのだから使うのは勝手だとばかりにアーチストマインドを金ぴかの靴で踏みつける。
分断するアメリカをひとつにまとめるのが最初の役割みたいなことを新大統領は言ったが、彼の支持者で一番厚い層であった、貧困層に転落した、かつての白人中産階級層が自分たちより下と見なしている移民や有色民族に対する露骨な蔑視と憎悪を煽るだけ煽って、弱者が弱者を排除することを強く推してきた下衆極まりない手法で大統領選に勝った輩がなにを寝言を言っているのだ。

昨日の昼過ぎから北西からの風がふきつのり、体のすべての末端部を萎縮させながら外出した。
朝よりトランプ新大統領の就任式のニュースでテレビはもちきり。
注目された演説であるが、英語力すこぶる不如意の私でさえ聞き取れて逐語的翻訳が出来るほど、簡単な単語を簡単な文法で並べてたてていた。
難しいことほど簡潔に述べることが大切、とはよく言われることだが、この銭勘定第一のビジネスだけが取り柄、およそ文化や芸術に縁がなく、その証拠に日頃居住しているところを金ぴかに飾り、これ見よがしにひけらかせている成金センスをもろに出す新大統領に、世界にもっとも影響を与える大国の長にふさわしい、地球的に人類的に高邁なテーマや理念を、imageこれからの自国の舵取りに絡ませて俯瞰的に止揚しながら語るという高等なことを求めても仕方がなく、選挙でさんざん繰り返していた「TPPからの脱退」云々、あるいが「雇用問題の解決」「アメリカをもっと強く」等々といった下世話なことばかりを繰り返しているに過ぎなかった。
およそ大統領就任演説にふさわしくない内容であった。失礼を承知でいうがまさになんとかのひとつ覚えのようなことを得意げにしゃべっていたというの正直な感想。

夜明け前に目が覚めることが多くなった。
ベランダに出て早朝の澄んだ空気の中で大きく吸い込む、最近復活気味の煙草がやたらに美味い。
朝食は八宝菜そば。いわゆるあんかけ焼きそば。IMG_4688麦焼酎の湯割りとともに食して一眠りする。
今日はアメリカの新大統領の就任式。絵に描いたような下品極まりない男があの超大国のトップに立つとは。
You Tubeで前大統領とこの男のスピーチ、もちろん訳文付きだが、を比べて反知性主義の波が世界中を覆い尽くしているのよくわかった。
オバマはスピーチだが、トランプのそれは人格品格最悪のオヤジただがなっているだけである。
彼は自分の茶坊主たちが合衆国史上最高IQの内閣だと自慢しているが、当の本人は知性や見識から天王星までの距離ほど離れた人物だから笑うしかない。

…これをいま書いておかなければ、そのような経験や思考があったことすらすぐにも忘れてしまう。つまりこのいまは、生きなかったと同じになるだろう、という思いがあるのです。~大江健三郎『言い難き嘆きもて』より
図書館でたまたま手にした大江健三郎のエッセイ集の中の一節。
ブログをRestartさせた私の心境そのままを綴ればまさにこれであろう。
さっそく引用させていただいた。
現代日本文学の最高峰に位置し、日本人で二人目のノーベル文学賞作家である人の文章を最初の記事で使う不遜は承知の上で。

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