「三次喫煙」の害が注目されている。
喫煙者本人が喫いこむことを一次喫煙、喫煙者の周囲にいる人がその煙を喫わされることを二次のそれ、三次というのは喫煙後の喫煙者の衣服に付着した発ガン性物質が空気中に拡散されて、喫煙者が移動するにつれて誰彼なしにそういった有毒物質を吸入させられていることを言うらしい。image
ハーバード大学医学部にある研究機関がこれを世に問い警鐘を鳴らしている。
まさに喫煙者そのものがガンの媒介、いわば病原菌をそこらじゅうにまき散らしているハエやゴキブリ、ドブネズミと同等いうわけで、ますます喫煙者は肩身が狭い。
私も去年あたりから、それまで長年やめていた喫煙癖を本格的に復活させてしまい、今それをまた葬りたいがためにあれこれ努力しているのだが、この「三次喫煙」のことを最近知り、こりゃいよいよ崖っぷち、ホントに止めなきゃいかんわいと思った次第。
周囲に迷惑云々もあるが、それ以前に煙草たるもの自分の体にとって害になれこそ何の益もない。
一本の煙草を喫うことによってイライラが鎮まり、頭の働きが活発になり、というのはニコチンの麻痺作用が一時的にそうさせているだけで、それが続けば依存状態となる。なんのことはない覚醒剤を吸引もしくは注射しているようなものだ。
そんなことは百も承知だと喫煙者はいう。わかってるんやったら止めんかいな、と私も自分に言い聞かせているのだが、これがなかなかうまいこといかないから困っているのだ。
同じ合法である依存性物質であるアルコール、酒なのだが、酒は適量であればむしろ血行を促進し、山海の恵み珍味酒肴の旨さを引き立ててくれるという功労の部分も大きい。
「酒をとるか煙草をとるか」と二者択一を迫られたら当然前者をとる。
JT煙草の「echo」「わかば」など3級品銘柄でもきょうび1箱300円前後する。
私は2日1箱の喫煙量だが、月にして4500円も煙となさしめ霧散させてしまっている。
霧散は周囲への拡散となり、おまけに衣服についた煙草の匂いや上に書いた有害物質をつけたまま動くから、三次喫煙を考慮に入れると月額4500円年額54000円も出して自ら悪者となっている。世に害なすしかないゴキブリと化している。こんな愚かしいことはない。
と書きながら、また煙草に火を点けてしまった。噫々…。

家内も娘も少女漫画が好きである。コミックスを買ってきて互いに交換しながら、暇さえあればむさぼり読んでいる。
それはいいのだが「俺も見せてくれや」と言っても彼女らはけっして貸してくれないどころか、読んでいる横からちょっと覗き見しただけで「見やんといて!もう!」と二人とも申し合わせたかのように本を閉じるのである。
なんともまあツレないことで。そういえば中学高校の時もクラスの女子が少女漫画誌やコミックスを読んでいる時に「なに読んでるの?」と雑誌や本を取り上げたら「やめて~返して!返せ!」と髪を逆立てんばかりに本気になって怒っていたなあ。
我が家の女連もそうだが、そんなに怒ることでもないと思うのだが、あの心理はまるで理解できない。
女連は勝手なもので私がこよなく愛する「ゴルゴ13」やら「こち亀」やら「野球狂の詩」(みんな古くてすまん。ちなみに里中満智子という偉大な少女漫画家の名前と作風は「野球狂の詩」で水島新司とコラボした時初めて知った)といったガチな野郎漫画を見ていると「ゴルゴっておもしろいのん。見せて」と来る。
私の「ええで」の答えも聞かないうちに、私が次に読むために机に積んでいたコミックスのうちから適当に持って行く。
そんなことをされても怒る気はないし、むしろ「おう、読め読め」と薦めたくなるのだが。
私は少女漫画の世界が嫌いではない。むしろ好きな方である。かといってさすがに単行本を揃
えるまでには至らないが。
斜めカットを多用した大胆なコマ割り、スクリーントーンはたいていパステルっぽさをなんとかモノクロで表現させたかのような、そうだな、春霞にその姿茫漠とした花畑模様みたいなやつが、って書いている私自身何がいいたいのかよくわからんが、要するにそういうのが使用される。
その中を主人公の女の子が両手のこぶしを口に当てて「・・・えっ!今のって。うそ、やだ!」とかなんとかつぶやく。(この箇所を書くためにいったん私はキーボードから手を離し、今書いたようなこぶしを作って口に当てて「うそ、やだ!」と口にしてみてイメージを喚起させた)
1頁2コマしか使わず、女の子は右上のコマ、左下にロンゲで体格やたら細く脚はすらっと長い、つまりは女の子が憧れる最大公約数的なイケメンのニイチャンの横顔のカット。垂れた髪で顔半分隠れている。口元はニヒルに歪んでいる。
で、次の頁で向かって右のコマでイケメンニイチャンは正面を向いている。
「だって、俺さ、なんつーかな、おまえのことをさ」
と言いつつ、その次コマでいったん髪をかきむしっている。そして次に女の子の頭の上の壁をドーンと突くわけです。「好きになったんだよな!」と決めのセリフとともに。
そして女の子の瞳がアップで描かれ、そうです瞳の中で星がきらめいているのです。少女漫画の肝です。
女の子の「んなこと急にいわれたって困るよ・・」ってセリフをものすごく小さなフキダシで言わせるか、フキダシなしで小さな手書きの字で書いてある。
少女漫画のこういうステロだが直球ど真ん中なパターンが好きで、少ないコマ数で女性の微妙な心理の綾を描くのは、こればかりは男性漫画家が束になってかかっても無理というものではないだろうか。
小説でいう行間を読みとれということに似たものがある。
そのテクニックに触れてみたいと、最近のコンビニは立ち読みさせてくれる店が減っているので、ブックオフあたりに出張って立ち読んでくるのである。
ところが気に入った少女漫画を手にしてもレジにそれを持って行く勇気がないのである。これがエロ本なら平気なのだが。
なぜに女性は男に少女漫画を見られることを極端に忌避するのか私なりに考えた結果は、登場人物の女性たちは自分たちの等身大のうつし身であり、それがため先述した微妙な心理の投影を男にさらけ出されてしまうからではないか。自分の裸を見られるよりもっとタイトなことであるからではないか。
このことに絡めて私が少女漫画をレジに持って行くのをためらわせるものは、男がけっして踏み込んではいけない女の心の襞の部分を冒そうとしていることへの自制が働いているのかもしれない。
ちなみに日本のフォークロックバンドであるチューリップに「ぼくがつくった愛のうた」という傑作があるが、あれを初めて聞いた時、ほとんど少女漫画の世界ではないか、揶揄的にではなく好意的にそう思った。
ラブリー、エミリー、ララララ~で始まる曲だが、ここまでラブリーでチャーミングなラブソングは他に知らない。「りぼん」や「マーガレット」の世界がここにある。

前回の「ひきこもり」の記事に関係ないとは言い切れないことを書いてみる。
人は安易に他人を励ますな、人は他人にそう簡単に自分の弱気(弱さではない、それについては後述)を悟られるな、ということ。
苦労や苦悩を自分以外の者に訴えたところで、他人には責任がないから好き勝手なことを言いたがるもので、その中でも「頑張れ」は一番便利な言葉で世の中には「頑張れ」があふれかえっている。
天災や事件、重篤な病気、身近な人の死などのアクシデントに巻き込まれ途方にくれている人に「頑張れ」と言うことで自分の一抹の良心のアリバイ作り、自分はいい人でいたがる人にとってはこんなに安直で便利な言葉はない。
だからこそ「いったい何を頑張るんだ?」と虚ろな目で問い返されたら答えにつまる。
御気楽に投げ与えた言葉が安っぽいものだから、早くもそれが上滑りしているのだ。
だから私は「頑張れ」の安売りはしないし、「頑張れよ」に安直にすがりつきたくない。
挨拶代わりの、たとえば「今度、俺市民マラソンに出るんだわ」といった楽しいシチュエーションに対する「まあ、頑張れや(頑張ってくれ)」は交わしあう。それまで否定すれば社会生活が成り立たないからね(笑)。
畢竟人間は強くなければならない。強さは正義である。
喧嘩の腕っぷしの強さ自慢はただのバカであるのは言うまでもない、「つよい」は「頸い」と書くがふさわしい。精神の「頸さ」である。
頸草の人となれ。自身に対する冷酷の刃をやわらかい心の布で包み隠しもち挫けそうになった時、それであえて心に傷をつけて鍛える。
「優しさ」や「癒し」に助けを求めるな。求めたがるな、それはただの怯懦の人だ。そうなれば人間おしまいである。ゴミといっしょに世界から放り出されてしまう。
負けを認めるな。自分が悪い、間違っていたとひそかに思っていても絶対に口に出すな。
素直に謝るのは美徳でもなんでもない。謝った時点で白旗を上げた敗残の兵に過ぎない。
「素直に謝れるなんてなんて器量の大きい人なんだ」とそれほど言われたいのか。
器量度量の大きい人のイメージが出来てしまえば後が大変だ。
生来の性格がよほど豪放磊落に出来て自然体で人を大きく包み込める者でいない限り、人間の器の大きさを気にして生きていくのはしんどいことだと思い知れ。
グズグスと往生際悪く卑怯千万未練たらしくふるまい「こいつ、なんとまあちっちゃいやっちゃな、やること汚いのう。クズだわ」と謗られて「はい、そうですよ、わたいの性分でんのや、すんまへんあ」とヘラヘラ笑っていられる奴こそ、私から見ればよほど懐深い人間だと思う。こいつ出来る奴だと思う。むしろこういう奴の方が怖いのだ。
つまらないプライドにこだわるな。男なら後で後悔するような男気などいい格好して出すな、そんなことくらいなら最初から逃げておく方が、人に過剰な期待を抱かさないだけでも気が利いている。
時には死に体のふりをして、あるいはあえて露悪的に弱さを見せるという擬態の下に鋼の鎧で覆った心を持ちしぶとくヌケヌケと厚かましく抜け目なく世渡りする。頸く生きていくことはこういうことだ。
ああ、今日も朝から暑い暑い、記事まで暑苦しく脂っこいものになってしまった。

同僚の息子さんが「ひきこもり」で困っているらしい。また知人のお子さんもよく似たケースにいる。「ひきこもり」について書く。
「ひきこもり」の高齢化が何かと問題になっているが、誰にも迷惑かけずに親も承知で引きこもらせて、それで生活が成り立っているのなら放っておけばいいのに、余計なお節介や不要な親切をかけたがる国民性なのか、なんとか「ひきこもり」状態から脱出させて社会と接点を持たせたいと、お役所までが旗を振って様々な試みにアプローチしている。税金の無駄遣いとはこのことだ。この国は官民一体となって「ひきこもる」自由と権利を剥奪しようとしているのか。
人の数だけ生き方がある。
無職のまま仕事もせず日がな部屋でパソコンだけを江戸時代の長崎の出島よろしく世間との接点として暮らす。
それのどこが悪いのか。私はいまだによくわからん。まるで「ひきこもり」を犯罪者のように扱う風潮。
学校出たら働いて自分の食い口は自分で稼ぎ、多くの人と接して、やがて結婚して一家をなし子供を育て、という生き方もひとつの生き方に過ぎず、これが人生の本道だと決めてかかる方がどうかしていると思うのだが。
たいていの人は「引きこもっているうちに50や60になる。その時は親もいなくなるだろうから後はどうするつもりだ」と詰る。
「そんなに気になるならあんたがたが面倒みてやれや」と言えば「それとこれと話が別だ。人生のあり方としてそれはちょっといけないんじゃない?」と口を尖らす。
人様の「人生のあり方」などに他人があれこれ口出すことではない。
私なんか働かないと食っていけないから働いているだけであって、親にたっぷり金があって「小遣いくれ」と言えば「はいはいあげます。いくらでも遣いなさい」なんて言われたら、そりゃもう喜んで自分の好きな物の買物以外は家の外に出ず、いや待て各種ショッピングサイトも拡充している今のご時世、買物目的で外出する必要もないしな、日がなパソコンだけをコミュニケーションツールとしてのそのそ暮らしていたいですよ、いやまったく。
仮想現実のみの中で生活を完結させていたいですよ。
今こうしてテキストのやりとりをしている相手が生身の人間であろうとロボットであろうとAIであろうとなんだって構わないんですよ。
酒が好きなので、ちょっと酒の相手が欲しければネットの向こうに同じような思いの仮想人物(あるいはロボット)が相手してくれて、Webカメラとマイクを装着すればSMで使うラメ入りアイマスクかなんかで素顔を隠したままだが、互いにともかくも顔を見ながら「や。今夜は暑いですね。やっぱりビールが最高ですな」とかなんとかしゃべりながら、そのうちどちらかともなく飽きてきたら「落ちます」で切ればいい。後腐れなし。また別の相手を探すのもよし。そのまま独り酒を楽しむのよし。
こういう「ひきこもり」生活に恋い焦がれる。生まれ変わったら(生まれ変わりなど爪の先ほども信じちゃいないけど)、古い話だが鳩山由紀夫になりたい、黙って毎年9億円もくれる母ちゃんのお腹から生まれたい。
それじゃ人間ダメになるよ、と言われるが、その「ダメ」はあくまで社会的動物としての自分を規定する中での「ダメ」であって、ずっと部屋の中にいる人間に対してダメになるもなにもないだろうが。
誰ともつき合いがないから、変なシガラミとは無縁だし、結婚といういわば「赤の他人の人生を背負い込む」というギャンブルの必要もない。
人間関係に疲れるというのはどこの世界の出来事なのか、もともと誰とも関係していないのだからそんな症状が出るわけがない。
とまあ、ここまで書いているうちになんだか心が寒々としてきた。「ひきこもり」に憧れる理由を書いているのに、書いているうちにだんだん落ち込んできた。
おお、とうとう「やっぱり俺には出来んわ。ひきこもりは」と思いさえしてきた。
「ひきこもり」になれんわ。どう考えても。やっぱりリアルで生身の人間とふれあっていたいわ。
「ひきこもり」に徹することが出来るのはひとつの才能かもしれない。そしてああ見えて結構リキ入れて「ひきこも」っているのかもしれない。
なんてチャラけたことを書いているが、今だからこうして書けるのであって、娘も2年近くそうであった。
詳らかに書かないが、彼女は好きで引きこもっていたわけでないのだ。しかし「引きこもってばかりいるな!」は絶対禁句で好きなようにさせておいた。
このやり方が正解とはけっして書かない。放置した結果がたまたまいい方に進んだだけのこと。
「ひきこもり」生活にほとほと愛想が尽きたり飽きたりしたら出て来い、だけ言っておいてはいた。
自分の娘ですら心の奥底のメカニズムはわからないものだ。
だからこそ記事冒頭に戻るがそういう生き方もあっていいじゃないか、放っておいてやれよ、という持論(てなものでもないが)は確固としてある。

7月半ばにしてこの暑さ。ここ数年猛暑日続きが前倒し状態になってしまっている。
世界的に異常気象が常態化しているらしく、確実に地球全体がなんらの変動期に入っていると、専門家たちが警告を発している。
私の部屋は角部屋になっていて、朝は東、昼は南の窓は容赦のない日射を浴び、冬は恩恵となっていた良すぎる日当たりが夏には怨嗟の的となる。
カーテンを閉めても住宅全体が、強烈な夏の太陽光線になぶり続けられているので、壁から暑さがじわじわと滲みいるかのようで、エアコンを強にしても少しはましかという程度。
マシン本体の熱放出のためよけいに部屋の温度があがりそうなのでパソコンの電源も入れず、スマホでネットにアクセスしチェックすべきサイトはチェックし、それに倦んだら本を読んでいた。
先日来から開いているのは、新潮文庫の「Story Seller」シリーズという、どちらかと言えば若い世代向けの作家の短編を編んだものである。
去年だか垂水の古本屋で3冊100円で買ってきて積ん読状態になっていたものを、先週たまたま手に取って開いてみたのだった。
伊坂幸太郎、近藤史恵、有川浩、米澤穂信、佐藤友哉、道尾秀介、本田孝好といった執筆陣だが、いずれもライトノベル出身、講談社のメフィスト賞受賞作家、角川スニーカー文庫でデビュー、などといった経歴を書けばその傾向がわかる。
実は私はラノベやラノベ作家を軽くみていたきらいがあって、あんなもの若者が読むもの、コミック感覚の文字通り軽い読み物、まともな文学にあらず、大人の鑑賞に耐えうるエンタメの域にあらず、と見下していたのだが、なかなかどうして結構眼光紙背のひとときを楽しませてくれた。
有川浩「ストーリー・セラー」。文庫本のタイトルと同じだが内容は全く関係ない。もうすぐ60歳の爺さんビギナーの私に、さすがに号泣とまではいかないものの鼻の奥と両目の間をツンとさせてくれた、若い夫婦のラヴストーリー。
これは好評だったらしく、この短編の結末のその後のエピソードをくわえ長編化されたという。
有川は既読の作家で「レインツリーの国」を読んだ際、「お。読ませるではないか」と期待して次に選んだのが「阪急電車」。これが「なに?これ」と落胆させる出来でそのまま縁遠くなっていたが、こたびの短編に再び食指が動いている。
読まず嫌いで避けていた、該作家の世評高い「図書館シリーズ」や「三匹のおっさん」シリーズ。読んでみたくなってきた。
佐藤友哉「333のテッペン」。東京タワーのほぼてっぺんに近い場所での殺人。いわばほぼ空中の密室殺人といっていい不可能犯罪ものだが、この結末はちょっとひどいなあと推理小説の視点からみればまるでペケだが、主人公の内面の描き方が素晴らしく、後で解説をみたらジャンルの概念を無意味にする縦横無尽な独自な作風で知られ熱狂的なファンがいるらしい。純文学方面の賞も受賞している。この作家にはまた会いそうな気がする。
例としてこの二人の作家を採り上げたが、今の若い小説好きがどんなものを読みたがっているのか俯瞰できる短編集であり、文庫全体の宣伝文に新しい作家との出会いの場としてもどうぞとあったが、まさにそれに好適な作品集といえよう。
ラノベに対するアレルギーがほぼ霧散した。その分野の作家渉猟の旅が始まる。
こうして未知の作家と出会い、読書のフィールドが広がっていくのは本好きにはたまらない。気に入りの作家が増えれば増えるほど書店や図書館通いがいっそう楽しくなる。
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このブログのヘッダ部分の写真は昨日(正確には一昨日)散歩に行った夕暮れ時に近い頃の須磨海岸である。
前にも書いたが須磨海岸の海水浴場は東西に長く、須磨水族館前の浜を東エリア、JRの須磨駅直前の浜を西エリアと私は勝手に区分している。
西エリア。ここはとかく昔からやんちゃなニイチャン、ケバいネエチャンが東に対して圧倒的に多く、10年前から夜遅くまで騒音、喧嘩騒ぎがしょっちゅうあって、それだけならまだしもちょっとしたクスリやイリーガル煙草のやりとりもあったという、いわば水着を来たアメ村状態になっていたのである。
これじゃいかん家族連れが逃げてまうがな、と警察と行政が本腰を入れて、なにかと縛りをかませた結果、2~3年前から沈静化されて歩き煙草(もちろん合法の方ね)も禁止、足洗い場を作ったから砂を洗いさってから須磨駅に上がってくれ、駅のトイレで着換えすんなコラとばかりにJR西日本も手を焼いていた案件に自ら乗り出し整備した結果を昨日確認してきた。
たしかにきれいになった。何年か前よりきれいになった。動き始める快速待ちの各停電車の中もそれほど砂落ちてない状態になっていた。
海の家も昔ながらの野暮ったいよしず張りの店はなくなり、ヘミングウェイがタイプライターを叩きそうなコテージ風の店が出来て、かくいう私も相棒のpomeraをたずさえ夕暮れの潮風に吹かれながらイタイ文章のひとつも紡ぎたくなる店である。
しかしこの手の店は一人で入るには勇気がいる。あきらめて前から一度やってみたかった、ヒトカラ、独りカラオケと洒落こんだのだ。
結論をいえば、ヒトカラむっちゃ楽しいやん、である。部屋の中には当然誰もいないから、上手い下手気にせず唄える。エコー、音程の上げ下げ好きなようにやれる。他人の目にさらしたくない自我意識の充足を思う存分発揮できる。
好きな歌を他人の目を気にせず歌える。私は音痴でなく自由奔放にアレンジしながら唄っているのだという常日頃の持論をカタルシスできる。
ちょっとめずらしい歌を唄うと、こんな歌知らんわと必ず茶々が入ることもなく、ポーズをつけて歌ったところで当たり前だが誰も見ていないので思いきり自己陶酔にひたれる。
2時間ほど歌い続けて喉がいたい。50曲くらいは唄ったのではないか。精算すると税込み1000円ちょい。いや~安いレジャーでありました。
50曲くらいの中の1曲。


理系頭に生まれたかった。我がオヤジとオフクロの子では、それは無理だと早や中学生の時悟った。
因数分解や連立方程式なぞまったくわからん。なにせ分数の足し算引き算レベルで挫折しているのだから、小学校レベルで悟るべきだったと訂正しておこう。
2/6+3/6=5/12と未だに答えてしまう私のあまりの非理系頭にはほとほと自分で呆れてしまう。
だから理系頭の人は文句なく私のリスペクト対象となりうる。理系頭の人は賢いんだ頭いいんだ俺はバカなんだああそうなんだはは~~恐れ入谷の鬼子母神(古いね)とばかりにその場でひれふしてしまう。
世の中、不思議な人もいるもので、私の同僚の一人は暇さえあれば「数学」という雑誌(こんな雑誌があることさえ知らなかった)を紐解いている。
大変失礼なことを書くが、この方の学歴は高卒、それも関西でその名を出せば誰もが「ああ、あそこな」と苦笑まじりで語られるという高校の出。
しかしながらこと数学に関しては造詣深く、かの雑誌を毎月購読熟読玩味もさることながら、大学入試のシーズン、各新聞に国立大学の入試問題が掲載されるが、例えば今年出題された京都大学理系の

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なんて問題をすらすら5分もかけないで解いてしまったのだ。私なんぞは問題文の意味すらちんぷんかんぷん。はあ?これナニ書いてあるんや、である。
件の方に訊けば東大京大ともに理系の過去問題集、世に言う「赤本」と呼ばれるあの分厚いやつ、のバックナンバーというのか年ごとのを家に揃えているらしい。ははあそうですか(そんなもん揃えてなにがおもろいねんやろ)と答えざるを得ない。
数学頭が突出した人物なのだ。この天賦才能が他の学科にも活かせたら、東大京大など鎧袖一触、屁の河童、それどころかマサチューセッツ工科大学やハーバード、カリフォルニア工科大学あたり行けたんじゃないかと思う。まさに天才レベルの人になっていたのに。
天は二物与えず、神はなにゆえさも残酷に振る舞われしか。類まれなる美形の私に文系頭それも悪い方を授けけ、しかも芸術センスなど皆無のただの見目麗しきだけのバカに仕上げたのと同じことではないか。お~まいが。
「学歴で人を判断してはいけない」というのはこういうケースがあるからだ。たいした学歴もないのに頭がいい人などいくらでもいる。そういう人ほど謙虚で奥ゆかしいのは皮肉といえば皮肉。
以前の仕事の営業先の担当者に東大出身者がいた。
なぜ彼が東大出身だとわかったのかといえば、商談の後の雑談で「それはそうと中津川さんは大学どこなの?」と訊いてきたからである。
この問い方には人は皆大学を出て当たり前という傲慢さがある。こちらは弱い立場なので、そのことへの怒りをひた隠し「いや~どうも。関西の名も知られん大学なんですよ、えへへ」と頭を掻いて媚売るように答えてやると「またまたご謙遜を。京大あたり出られたんでは」と笑っている顔には早く俺の出身大学訊けこのバカが、とありありと書いてある。(京大あたり~?あたりとはなんちゅう言い草や、あ、そうかこのおっさん東大なんや)と判断し「部長さんは失礼ですがどちらの大学のご出身で?」とボールを弾き返す。indexr
で、東大出身者のいつものあの定番の答えが返って来た次第である。「僕、一応東大だけどね」が。
(なにが、一応やねん、腹立つなあ)とむかっ腹を抑えつつ、「ほ~東大ですか、東京大学。もう私らには雲の上の存在です。だから余計に私の大学など申し上げられませんよ。部長さん、おからかいも程々に」と苦笑すると、「いやいや僕なんかたいしたことないですよ。まったく普通です。ただ周囲のレベルが低かっただけだったんですよ」とイケシャシャアとぬかしやがったのだ。
と同時に彼が哀れに思えた。この人はこれから先、学歴だけを矜持として生きていくんだ。それってなんかつまらん人生だなと。
私の周囲に誰も東大出身はいないが、みんなそれぞれの矜持と誇りをひそやかにして輝いている人ばかりである。そういう人たちに囲まれた私は幸せであるし誇りでもある。前述の数学頭のおやっさんももちろんそのうちの一人である。
理系頭への憧憬で始まり学歴のオチで終わる。相変わらず脈絡のない文章である。文系頭でも超悪頭の証である。

松居一代の、夫に対する呪詛に満ちたおどろおどろしい動画を最後まで見てしまった。
くさいまでの芝居がかったそれは松居にとって失点であった。
動画の流れで彼女のブログも見た。また彼女の過去の、夫船越英一郎に対する妻としてのあざといまでの献身ぶりもあわせ、私に反感しか抱かせなかった。
この一連の離婚騒動、どちらに是非があるのかわからないしわかろうと思う気すらない。夫婦喧嘩犬も食わず。
ただ松居は大きな誤解をしている。
彼女が動画の中で強調していたが、夫婦も含めて男女の仲に「絶対」と「永遠」が成立するという誤解。
いや男女の仲のみならず、この世のありとあらゆる「出会い」には必ず終わりがあるということを知るべきである。
出会った時から別れが始まる、究極をいえば生まれた時から死出への旅への準備が始まる。
恋愛や夫婦愛、親子の愛、友情、あるいはペットへの愛、これ仏教用語でいうところの「愛別離苦」と一体である。
それをきちんと見据えていれば、別れを受け止められる。別れはたしかに悲しいことだが、別れをいつまでも追いかけてはいけない。
とくに男女の間の別れの際に往生際悪く振る舞うというのは醜い、これまた仏教でいう畜生界に生きている下等な動物の振る舞い以外のなにものでもない。
いや、畜生と人間が蔑んでいる動物たちの方が別れを哀しみの表情をたたえながらも冷静に見送っている。
彼らが別れを特に死別を受け入れる姿勢に高貴ささえうかがえる。
男があるいは女が自分から離れようとしている。それを追いかけたところでどうにもならない。来る者拒まず去る者追わず、サヨナラだけが人生だ。
別れ際の美学を、いい大人なら持つべきである。簡単なことである。「追いかけない」の一言に尽きる。
永遠の愛だの、絶対の愛だの中学生がノートの切れ端に書きそうな戯言にこだわっているからこそ、無様に追い続けてしまうのだ。
男と女の出会いはどんなカップルでもそうだが、互いの大いなる虚妄と幻想の発火で始まり燃えさかる。炎の盛りは必ずいつかその火照りに影なす。
それを埋み火として未練たらしく陰火となっても抱き続けるか、それともさっさと水をかけて消してしまうか、そのどちらでしかないのだ。
私の美学はもちろん後者にある。サヨナラだけが人生さ、と振り向きもしないで後ろ手を振るだけ。
手を振り消えた指先は狭斜の巷の紅灯をさす。一夜の酒の中。想い出は琥珀色の液体に、あるいは吐き出す一服の紫煙に託しておけばいい。
グラスの中の氷がひそかな音をたてて割れたとき、Good lack!とささやいていればいい。

家人の代理で、昼前に住まっている集合住宅の寄り合いに出る。
面倒くさいと思ったが、こんな昼日中に家にいるのはだいたいが専業主婦か定年後のオヤジか、自由業の人間か、中年ニート(ああいうのは何故か男ばかりだ)であるので、専業主婦つまりは人妻の顔を拝むのも一興とばかり鼻を伸ばして出席したらハズレ。
定年後の身をもてあますオヤジばかり。女性もいるにはいたが私から見ればお姉さまという年代と思しき人が2名であった。
集合住宅内の決め事の確認など、たいした内容でないルーチンワーク的な打ち合わせの後、時分時であるということで弁当が出た。
この住宅が棟ごと入っているケーブルテレビ会社の差し入れなそうな。
それはいいのだが、おかずが鯖の塩焼き。そのでかいのが他のおかず仲間に足を乗せてど~んとのっかり、sabaご飯を枕にして威張っているのである。これが本当のサバイバル……すまんの~笑えよ~生きよ~、ここで笑わな、この記事もう笑うとこないよ。
盛り付けもへったくれもないもので、他のおかずの面々も「差し入れ」にふさわしい陣容である。
ケチをつけちゃいけないのはわかっているが、私は鯖が「あかん」のである。大昔にこいつで蕁麻疹をヒットさせ一晩と医者へ行った次の昼間まで痒みにのたうち回っていた経験から、以後は食べないことはないが、よく火の通ったやつか、新鮮なそれをすぐに酢締めにしたのでないと引いてしまうのである。
しかし性根がとことんいやしく出来ているので、タダ飯とあらば全部いただきやしょう残せば失礼ってもんだ主義であるから、まあ塩焼きなので大丈夫だろうと口にしたのである。
これが美味かった。厚い身の中央に走る脂身の部分がこってりとして、白い身の部分に伝わりいかにも脂の乗った魚を食べているいう実感を得たのである。
他の人の話を聞くとはなしに聞いていると、やはり美味しいの声があって、今時の弁当用とか惣菜の鯖はだいたいがノルウェイ産らしいと。日本近海のものはここまで太っていず脂は乗らないらしいと。
逆にいうとそれは大味ということではないでしょうか、といらんことを口走りそうになったが、近隣住民の皆様につまらないことで目を付けられてもと思い、この際美味けりゃなんでもええわと黙って美味しゅうごさいましたと相成った次第であった。
食後、昼だけあってビールではなくペットボトルのお茶でのごく自然発生的な茶話会という流れになった。
私より年長者たちの話柄である。介護、健康、持病、飲んでいる薬、孫の自慢が一回りも二回りもしている。
いい加減うんざりしてきて、「マナーモードにしているスマホに突然かかってきた電話に慌てて出る」体(てい)の小芝居を演じ、中座を詫びて集会場となっている一室から脱出したのでである。
近所のスーパーに行き、ノルウェイの鯖を見つけようとしたが、近海産のものばかりだった。たしかに小さくて身も薄い。なるほどな。
蕁麻疹は今のところ出ず。病は気からという、出るぞ蕁麻疹出るそと思っているから出るのではないか。だいたいが鯖を食べてなんともない方が圧倒的に多かったのだから、鯖アレルギーでもなんでもないのだ。
ということは私は今時稀なるノンアレルギー体質、何を食っても腐ったものでない限り当たらないという幸せ者である。口いやしきことは良きことであるのだ。

先日、大阪の実家に父、介護施設に入居している母の機嫌伺いに行った際、生野区の方に足を伸ばした。
大阪市生野区小路東、古くは腹見町と呼ばれた地で私は生を享け数年間育った。
父の昔話を聞いているうちに自分のいわば揺籃の地を訪れてみたくなったのである。
父はかの地で吹けば飛ぶような自動車整備工場を立ち上げ、母はそれを手伝い、夫婦付随で町工場を営みながら私に餌を運んでくれていたのだ。
小路東から同区中川周辺に父のお得意先の多くが住んでいた。
差別的に使っていないことを断って書くが、生野区といえば全国屈指の在日コリアの街としても有名であり、鶴橋や猪飼野といったコリアタウンはここにある。
父の営業エリアには、とうぜん「チョーセン部落」と当時の周囲の日本人から蔑まれていた一角があった。
父は幼い私を時々そこへ同行させてくれ、父が商談と世間話で長引く間、私はそこで得意先の家の子と遊んでいるうちに、数名の子らと友だちとなり、それぞれの家にも招かれ「クルマ屋のボン」として、遊び友だちの親に歓待された。
キムチやチヂミとのファーストコンタクトもそうした友だちの家でのことだった。
友だちのお母ちゃんとお婆ちゃんが話す時は当然朝鮮語であり、それも大きな声でやりあうから、こう書くと失礼だが、その頃は子供のことであるから面白がって聞いていた。
50年以上前の部落は劣悪な環境で、どの家々もトタンの張りの掘っ建小屋同然。
強い風が吹いたら軒並み菱餅状態になりそうな状態であった。
集落の横に地面と吃水面がほぼ同じ高さのドブ川が、悪臭汚臭を放ちながら青大将のようにのたくっている。
流れはほとんどなく淀みに近い、覆いのない暗渠めいた水路には生活の澱と滓のありとあらゆるものが浮沈していた。犬猫のむくろの腐れ身から骨が見えていることもある。
日本の社会の汚いものと矛盾のすべてを一身に引き受けている、いや押しつけられているかのような川であった。
そんな街景は今はさすがに見られない。雑居ビルや小規模なマンションが区画整備された街路に沿うて高低雑然と並んでいる。
しかしそういった家並みの間の路地を通り抜けると、バラックではないが茅屋の家も何軒か身を寄せ合ってありその合間を、大通りからの路地よりいっそう細い路地がうねっている。
人間の潜在の記憶というものはたいしたもので、路地のちょっとした曲がり具合から、はるか昔の風景を再現できてしまうのである。
上述した部落の在りし日の姿の細部まで蘇り、粗末な家屋の前に干されていた洗濯物の白さを思いだし、その時吹いていた風の匂いが鼻腔の奥でつむじ風となる。
こういうものは思い出そうと意識的になればなかなか思い出せない。
たとえば昔通った店を探す。それが都会の繁華な場所であればあるほど街の変遷も激しいから、なかなか見つからない。
しかし必ずといっていいほど、ランドマークといえば大げさだが、記憶を取り出すピックのような変哲もない、昔流行った言葉でいうなら「トマソン的物件」みたいなものでもいい、そんなものがひとつでもあったら「ああ、あれあれ。あれまだあったのか」とたちまちのうちにそれをきっかけにもつれた記憶の糸がほぐれて、あの頃の街の光景をセーターのように編み上げていく。
父も母も余命はわずか。今のうちにその記憶を出来るだけ引き出して、私なりのセーターを文章として編み上げ、親たちが生きてきた証というものに着せてやりたい。
それも彼らにとって終生不肖の息子であった私のせめてもの拙いが孝行だと思いたい。

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