年ごとに風邪を引きやすくなっていく。

妻の抗癌剤治療は何度かのセッションを繰り返すらしく、ただ薬を服用すればいいというものではないらしい。
その説明と指導のために彼女は除去手術をした病院に再度入院、といっても一泊二日のだが、することになった。
それでも荷物はあるもので私はポーターよろしく病院まで付き添って、いっしょに担当医師の説明を受けるつもりだったが、昨日からどうにも咳込みが激しく、微熱を伴った身体全体がなんともいえない倦怠感に覆われ、どうにも我慢がならず、途中リタイアして帰ってきた。先月に続いてまた風邪を呼び込んでしまったのである。
家の近所のスーパー内にある薬局で風邪薬を贖う。世にこれだけの種類の市販風邪薬があるのかと驚いた。
というのは、風邪薬はもっぱら富山の置き薬のものを使っていた。大変失礼だがこんな製薬会社聞いたことがないなあという会社の製品である。
無礼を重ねるが風邪のほんの初期の初期、たとえばわけもないのに肩から背中にゾクっと来るものある、鼻水クシャミ、咳がやたら出る、といった時に服用していたのだが、正直いってこれがなかなか治らない。
それじゃあ今回はテレビでバンバンCMを打っている企業のブランドを買おうということで薬屋に入ったわけだが、値段が高い方が効くだろうと単純に考え、1錠あたりの単価がもっとも高いものからランク付けしてその中から選んだ。
「せき」の二文字が大きく出て、その横に「つらいときに」と書いてある製品が目に入った。まさに今の私にジャストミートだ。IMG_20180116_165818
ブランドは「パブロン」。おお、誰もが知っている国民的風邪薬ではないか。値段、う~んさすがに他に比べて高い。大箱小箱の2種類があり、今のところこれが私に効くかどうか未知数であるので、安い小箱を選んだ。それでも1500円近くした。
家に帰り、なにせ先ほどまで病院にいたわけだから、それはそれは執拗なぐらい念入りにイソジンでうがいをし、って今さら手遅れではないかと思いが至らないこともなかったが。
昼前に用法通り2錠嚥んですぐに布団に潜り込む。咳込みの頻度が少なくなっていくのがよくわかる。フラシボもあるかもしれないが、やっぱりパブロンだ、よく効くわ~と感心しつつ俺はどこまで単純に出来ているのかとあれこれ考え、呼吸音がゼイゼイからヒューヒューに変わった頃、眠りに落ちたようだ。
3時前に目が覚め、咳はするものの連続的に続くものではなく微熱もとれている。しかしこの気怠さはなんともしがたい。副作用として風邪薬の成分がそれをなさしめているのだが、薬というもの漢方はともかくとして化学物質を体内に入れるわけだから、本質的には身体によくないのである。
それにしても今日は久しぶりに、陽光きらめき、冬にしては暖かく、たまには海岸べりでも散歩というシチュエーションには絶好な日和だったのによくせきツイていない。
仕事が休みなので、娘がマグロのお造り買うて帰ったるわと言ってくれ、刺身に熱燗でと舌なめずりしていたのだが、これもだめ。
風邪の治りかけに酒を呑むのは禁物。必ず悪化する。今までそんなことはなかった。むしろ酒呑んでそのまま寝てしまえば風邪などたいがい治っていたのに。
身体全体の抵抗力が落ちているのは間違いない。昨年11月に受けた年一の健康診断の結果が年末に届いていたが、γーGTPというやつが一昨年に比べて、許容範囲内の数値ながら倍近く増えている。
肝機能が悪化すれば、アルコール処理が精一杯で栄養分摂取に手が回らないらしい。そりゃ抵抗力も衰えるわ。妻の今後も心配だが、おのれの肝ちゃんも時々いたわってやんな、肝臓やられたらお仕舞いだぞ、と戒め今夜はノーアルコール。マグロの刺身で熱いおまんまを頂いたあとはパブロンのんでとっとと寝やがれ。

「livedoorBlogアプリ」はダメんず、だから…

去年の11月か12月にアプデしてからまるで使い物にならん。
以前のバージョンのものがやたら優秀だっただけに惜しい。
スマホからそのまんま投稿して、そのまんまPCモードでも見られたのに今回のはまるでダメ。
改行したら、以降の文章のフォントサイズが勝手に大きくなったり、HTML編集のタグに至ってはただの飾り物。
私と同じようなブーイング垂れている人は多いのにまるで改善しようとしない姿勢はどうか。
スマホ経由で更新することが多いので今のままでは話にならない、もう我慢ならんから、とにかく改良されるまで

http://skeisjirujii.seesaa.net/

に退避しています。ブクマ頂いている方はすみませんが、こちらに変更してくださいませ。
よろしくお願いいたします。

JR通勤者が絶対にやってはいけないこと。

一昨日、妻の大腸がんは他には転移していないことが判明。
最大の懸念事項だっただけに胸をなで下ろす。 向後は半年間抗癌剤を投与、それで生存率は転移なしの今の85%から100%に近似するとのこと。 
あなうれしやと心は舞い上がり、誰かと呑みたくなり友人二人に連絡したところつきあってくれた。 
二人と別れて帰宅の途次、なにげなく財布を開けると元から持っていた金額とほぼ変わっていない。 
居酒屋からカラオケ、ゲーセンに居流れてワイワイやったというのに。 
あれ?と首を傾げながら、いろいろ計算してみるに結果的には二人にゴチになりやした状態となっていた。
ありがたいことだ。お祝いなのか。粋なことをやってくれると心より感謝、ああ今日はいい日だった満足満足と思えば眠気が出てきて、寒い晩であるしさっさと家に帰って風呂に入って布団にもぐりたく、大阪より西の方に住むJR通勤者が絶対にやってはいけない鉄則を破ってしまったのである。 
「酒に酔って帰る時は絶対に快速や新快速に乗るな、特に午後10時以降は西明石停まりの各停に乗れ」という鉄板の戒めを犯してしまったのである。 
快速や新快速の中で寝込んでしまうと終点である姫路やそれよりまだ遠い網干まで連れて行かれる。 午前0時過ぎだとまず上りの電車はない。
特に網干の方は東から見て姫路よりもっと遠方、住宅地の真ん中にぽつんと駅があり、ビジネスホテル、ラブホテルはもとよりオールナイトを 過ごせるカラオケ、ネカフェ、サウナ、映画館といった商業施設など皆無。 
どうせなら姫路終点で下ろされた方がまだまし。播州きっての都会のメインステーション、駅前になんなりとあるじゃろが。 
「お客さん、起きてください。終点ですよ」 
車掌に寝ぼけ眼で訊く。 
「終点ってここどこよ」 
「網干です。上りはもうありません」 
腕の時計を見ると午前0時22分。 
「姫路やなくて網干か。しまった!やっちまった」 
「上りないですよね」 
「はい。残念ですが」 
そうなりゃ仕方あるまい。姫路までタクシーで行ってそこでビジホかラブホでもええわ、最近はあれ以外の目的で使ってもおかしくもなんともない時代やし、とそこまで考えて「ああ、今日はクレカ持ってきてなかったんや」と思いが至り、いかにも田舎(といっても網干も姫路市内になるのだが)の駅前のたたずまいを街灯だけが明かりの中で見せているその場でへなへなと身体がくずれ、地に手をつき慟哭しそうになった。 
こういう鈍くっさい客のためにか、駅前に3台のタクシーが連なっている。
 「運転手さん、悪いけど手持ちの金じゃとてもやないが足らん。クレジットカードは家にある。それでなんとかならない?」
 「お客さん、手持ちのお金とか、なんとかならないとか、いったいどこまで送ればええのですん」
 「神戸の方の舞子(姫路には新舞子なる地名の場所がある。ここを間違うと余計に被害は甚大となる)。家に着いたらクレカ持ってくるから」
 「いいですよ。どうぞどうぞ」とバックシートのドアを開けてくれた。 
姫路バイパスに乗り加古川バイパス、第2神明など無料有料の自動車道を東へ突っ走り、一般道に降りて小1時間で家に到着。 
なかなか親切な運転手さんで、帰りに客がまず拾えない時間と距離なのにイヤな顔ひとつせず、今日はどこで呑みはったん、ああ三宮、よろしいでんな、お客さんみたいな終電逃しはる人結構いてますよ、とかなんとか互いに話し相手になりなられで退屈せずに済んだ。 
嫁はんと手術後の彼女の代理役である娘にボロクソに怒られたのは言うまでもない。
こちらの方も小一時間眠らされずにさんざん説教の雨あられ。 
アホだのマヌケだのボケだの調子こきだの、酒やめてまえだの、なんぼ保険が利くいうてもこのたびの入院加療で何かと物入りなんがわかってないのかこのボンクラがだの、それはそれは言いたいことをぬかしやがったのでございます。 
そんなこと言われなくとも、ただ家に帰るという本来ならタダで済む行為に2万近くも費消してしまったという、金をドブに捨てるのも同然の虚しさにただただうなだれている次第である。
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妻の黒歴史、すなわち私である。

昨日妻は退院した。一昨日仕事納めだったという義姉の運転で病院までいく。
ちょうど2週間の入院生活で溜まった荷物を病室から運び出し、窓口で精算を済ませ、裸木の並木が冬空にその枝々を毛細血管のように張っている大通りを家まで急ぐ。
切り取ったS字結腸の、癌が葡萄色になって点在していた先端部の検査次第では、癌の他の臓器への可能性があることがいつまでも心にひっかかり、年内に退院できた喜びに陰翳をさしている。
そのことを言うと妻は「『ほぼ大丈夫だと思う。まあ念のために検査する』と先生は言ったやないの。たとえ転移していてもまた取ったらしまいやん」と笑い、運転席のバックミラーの中で義姉が「抗癌剤の服用や放射線治療の必要はまったくないとも言われたんやろ。心配ないて。いったいどっちが病人かわからへん。癌でない人間もそんなことばっかり聞かされとったら癌になるわ」、もっとしっかり気を持ちやと言わんばかりに妹の婿殿の小心ぶりを嗤っている。
せっかく女房が、内心では気丈にふるまい物事をいい方向に考えようと努力しているというのに、旦那がそれに水を差すようなことを口にしてどないするねん、と叱咤しているかのようでもある。
だから、(世の中には絶対ということや100%大丈夫だというのはありえない)と反発しようとしたがやめた。
根はとことんペシミシストに出来ている私が、彼女ら度し難きモンスターオプチミストたちを相手に無駄な戦いを挑んでも仕方がない。
家に到着。すでに朝のうちに娘が調えておいた妻の寝床に「荷物とかは俺と○○(娘)で片づけるからとにかく横になれ」と妻をねかしつける。
さすがに病み上がり、妻は「ごめん」と言ってまもなく小さな寝息を立て始めた。
寝顔を見ながら「どうして癌になんか」とまたまた忸怩たる泥沼の中に思考の足を入れてしまう。
こんなことを考える自体、妻がいまだ癌である、とりあえずS字結腸の癌は除去したかもしれないが、もしかして他の部位に転移しているかも知れんぞと考えている証である。
仮に転移が見られなくとも、定期的にドクターチェックを受けて癌の再発を見張っていなければならず、それを5年間続けて見つからなければまずは再発はないとのことだが、5年間時限爆弾を抱えているようなものだ。
あんまり美人ではなく可愛くもない、どちらかといえばブサイクで、スタイルもぽっちゃりブームを先取りしたかようなスノーマンボディだが、私なんぞよりはずっと人間が出来ており、気だても優しく作る飯もそれはそれは美味く、娘が素直にまっすぐに成長してくれたのも妻に因るところが大きい。
私にはもったいない妻、よく出来すぎた妻であると今しみじみと思うのだ。
妻の優しさに甘えてバカが調子こいてやりたい放題、甲斐性なしの夫のせいでパート勤務を余儀なくされて汗水垂らして働いている最中に、このゴクツブシのバカは何年紅灯の巷、狭斜の街で酒食に溺れていたであろうか。
妻にとって私と結婚し所帯を持った瞬間からずっとどす黒くも黒い黒歴史が続いているのである。いや私というどうしようもないクズと縁した時点でそれは始まったのだ。

お節料理考

極力軟らかく炊いたものながらも、そして私なら一口で食べられるほどの量であろうと一応お粥を卒業した妻である。
お菜もミニチュアのような焼き魚、そして野菜の煮物が少々、見た目にも薄そうな味噌汁がついている。image
なんでも便が出ないと退院が出来ないとか。便秘状態。これは手術後に誰でも見られるお約束みたいな症状らしくまったく心配いらないとのこと。
60にしていまだ餓鬼道まっただ中にいる食い意地の塊たる私に「病気なんてやるもんじゃないな」と、傍目でみているだけでため息をつかせるのは病人食の常といえば常。
揚げ物や肉類、イカなど消化しにくいものはとてもじゃないがまだまだという妻の前で正月のハレの食事、お節や常日頃よりも豪華なすき焼き、鍋物、刺身の類を楽しむほど私は無慈悲に出来ておらず、また毎年お節は義兄の店が近所の常連さんに頼まれれば実費で作る手伝いの代償に我が家の分として頂いていたのだが、義兄に今年不幸ごとがあり、よって今年は作らないというから、そんなこんなで来年の正月はお節なし。なければないでよし。
imageだいたいがあのお節というやつ、各料理の面々とその料理法をよくよくみればヘルシーさにほど遠い。
塩分糖分などどれもこれも過剰気味。縁起物だから栄養やヘルシーさ云々よりもというが、お節の各料理の縁起由来も親父ギャグそのまんまのダジャレやコジツケや屁理屈もいいことから来ていて馬鹿馬鹿しいことこのうえない。
例えばごまめ(田作り)は五穀豊穣を願い、ってカタクチイワシの大量虐殺死体を佃煮にしてなにが豊穣だ。昆布巻きは「よろこぶ」の「こぶ」だってな、とほほほほ。だから何よ。黒豆は「まめに働く」だとお。黒いだけにブラック労働を奨励しているのか。数の子は子孫繁栄やて~?。数の子の親である鰊を日本近海から全滅させといてよく言うわ。
見た目にもあんまりセンスがいいとはいえない。
華やかな色彩は蒲鉾と栗金団ぐらいであとはおしなべて地味でズズ黒くて見ているだけで心に雨が降ってきそうなものばかり。
筍椎茸蒟蒻牛蒡鶏肉の甘辛い煮しめの野暮ったい黒の塊を見ていて華やぎとかときめきを感じるか。あのなんともいえない暗いトーンはお通夜の茶碗酒のアテに通じるものがないか。
おまけにお節は保存食の意味あいもあるので料理はみんな当然冷えきっている。温度も味のうちというからもうそれだけで気分が滅入る。
鮑や床節を薄い醤油味で炊いたもの、にらみ鯛の塩焼きなどは別として他はたいして美味いものでもなし。
こうしてよくよく考えてみればそんなに有り難がるほどのものでないのだ。お節料理なんぞは。
お節に使う分の金子を国産牛の上等肉や蟹や河豚に廻せば、むしろ常の正月よりもゴージャスウハウハやったぜベイビーゴキゲンゴキゲンバッチグーと昭和ノリで喜びたいオヤジであるが、愛するカアちゃんのために来年は自粛して、白菜の漬物で冷や酒呑んだあとは茶漬けガサガサ~と食らって元朝の儀式はお披楽喜としよう。

海鼠恋しい冬の一日(いちじつ)

海鼠が美味しい季節であるとはいうものの、あの海鼠というやつ、ならばどこが美味いのだと問いつめられたらチト答えに困る。
身もフタもない言い方をすれば、海鼠に味はほとんどない。咀嚼を繰り返しても旨味の成分がわずかながらでも口中に広がるかと思えばそうでもない。
箸でつまんで口に放り込む寸前にかすかに匂う潮の香りを、コリコリとした歯触りに包んだものを楽しむといえば楽しみ、あとはポン酢か薬味の分葱、紅葉おろしの味しかしない。
このあやふやでつかみどころのない海鼠はしかし日本酒とともに味わえば俄然いい仕事をする。image
正確に記せば日本酒が海鼠の尻をたたいて「ほれ、しゃんとしろ」と励ましているかのようだ。
そして日本酒としか相性が合わない。ビールだめウイスキーだめ、ワインの白ならなんとなくイケそうだと思われるが、生牡蠣が意外に白ワインに合いそうで合わないのとほぼ同じ理由(海産物特有の生臭さが強調されてしまう)でこれもだめ。
甲乙両焼酎、乙の方は芋と麦のお湯割りで試したが、日本酒が相棒ほどには美味しくなかった。甲類焼酎いわゆるケミカル焼酎のレモン炭酸割り、まるっきりとはいわないが合わないと言った方がよい。
要するに日本酒、それも熱燗でないと海鼠は美味しくないと乱暴に結論づける。中華で乾燥海鼠を使った料理があると仄聞するが食べたことも見たことすらもないので、ちょっとあっちへ行ってなさい。
この海鼠ちゃん、ごはんのおかずになるわけでなく、肴としても地味で色合いも悪く、そのへんは大根おろしや紅葉おろしでなんとか彩りを調え、小鉢なんかに盛りつけられる。
いわばつきだし的な肴、アテ芸人仲間では前説専門みたいな扱いを受けているが、海鼠の腸(はらわた)を塩辛にした海鼠腸(このわた)は高価で小さな瓶詰めが5000円前後する。
人間国宝桂米朝師匠が遺した40巻のCD落語全集の中に「近眼(ちかめ)の煮売屋」という演目が収録されている。
今日は仕事が休みという職人が煮売屋、今でいう総菜屋の総菜をお膳に並べ昼酒を楽しむ場面があり、総菜の中にこの「海鼠腸」が出てくる。
「…海鼠腸や。わしはまた海鼠腸が好きでな(ジュ、ジュル、ジュルルル~=米朝師が海鼠腸を啜り食べている体で口元を鳴らす)、この磯の香りっちゅうのかなあ、このフ~ッと残っているところへ灘のお酒を(クゥクゥクゥ~=落語好きならおわかり。噺家が酒を呑むところを再現している擬音)旨いで!」
とイヤホンから入ってくる名人の至芸を書き写しているだけで旨いで!と意地汚くも実際に唾が沸いてきた。
海鼠腸を思いつつ海鼠そのものを楽しむことにしよう。あとは湯豆腐でもあればいうことはない。
引用した噺に出てくる職人ではないが私も今日は休み。娘といっしょに妻を見舞う予定。
不謹慎の塊である私は見舞い後の今夕熱燗と海鼠で一杯やることに心ぜきとなっているのである。

有馬記念、なんだか筋書きのありすぎるドラマのようで。

妻の入院で最初に頭に浮かんだものは「先立つモノ」であった。
病気が病気だけにいったいいくらかかるんだと頭を抱えかけた入院治療費であるが、妻の健保に加え、妻のパート先の自社保険でほとんどまかなえるようだ。
試算すれば手術・入院費はもとより退院後の通院にかかる交通費などの諸雑費のほとんどが、健保と組み合わせて申請すれば還付されるらしい。
さすがはパート勤務といっても大企業の福利厚生制度。ありがたいことだ。健保本人負担分3割、それも企業保険活用でほぼチャラになるというのだから。
昔に比べて本人負担割合がずいぶんと増えたが、それでも日本が世界に誇る国民皆保険制度の恩恵は大事にしなくてはならない。
その意味では今のところTPPは頓挫、ペンディングの状態にさせたトランプ大統領、このことだけはアメリカファーストの政策上のこととは言えあんたは偉かった、と拍手したい。
TPPが発効されれば日本の皆保険制度など、アメリカ来の営利第一主義の医療ビジネスの波に呑み込まれたちまちのうちに崩壊するのは間違いのないところ。
しかしもっと深刻なのが、中国人による「経営・管理ビザ」を取得して来日、3ヶ月以上日本国内に滞在すると日本の健保に加入が義務付けられることを悪用した手口で、日本の健保加入者として堂々と本人3割負担だけで日本の高度な医療を受けている事実である。
日本国民や企業がせっせと払い込んできた保険料で、なぜによその国の人の医療まで面倒みなくてはいけないのだ。
こんなインバウンドなどいらない。関空から一歩も外へ出さず、とっとと追い返せといいたい。
早急に当該ビザのルールを変えるべきだ。自国民の利益を損ねてまでの「おもてなし」など以ての外である。
一昨日より妻は五分粥を中心とした食事に替わっている。順調に恢復しているようだ。
病室で夫婦して「有馬記念」を見る。夫婦とも馬券はほとんど買わないが、サラブレッドが疾走する姿の美しさが好きなので競馬中継はよく二人でリアルタイムや録画したものを視る。
それにしてもだ。有馬記念。ものすごく出来すぎたレースだった。
国民的歌手の持ち馬は今回を含めG1で7勝。これは史上タイ記録とかで馬自体も「国民的」という言葉が冠されるほどの超絶的人気馬。話題性も抜群。
で、この馬なぜか以前から有利な内枠を引いてくることが多いというよりほとんど1枠か2枠での出走。
昨日のレースなど騎乗武豊はそのことを最大に生かして終始先頭に立っていた。
このお馬ちゃんの「有馬記念」、一昨年は3着、去年は2着、そしてラストランの今年で優勝と。ちょっとこれはなんだかなあ、ミエミエじゃないの、である。
競馬人気もかつての勢いはなくJRAもなにかと必死、なりふりかまわずはいいけどねえ。「もしかして」と首をつい傾げたくなるのである。

一喜一怒。

火曜日に妻の手術があった。癌が点在しているS字結腸の先端部を切除、これを精査してリンパ節に癌が存在が認められ他の臓器への転移の可能性がある、向後5年間は診察が必要との担当医先生のご説明であった。
術後、24時間経った水曜日に早や歩行訓練を課せられた妻は、キャスター付き点滴棒を手にして、看護師に寄り添われその指導の下、病院廊下を慎重に歩を進める。まだ完全に癒着していない術部に多少の痛みが残っていようと、これをやらないと結果的に治りが遅くなると看護師はいう。
昨日は仕事の都合上見舞いにいけなかったが、娘よりのLINEは顔色もよくなり、やや早めの歩行も可能になっているとのこと。やれ嬉しや。
仕事の行きしな集合住宅1階のポストをのぞくと、郵便局から「配達物お預かりのお知らせ」なる葉書が入っていた。
文面を見ると16日にそちらにゆうメールを配達したが、お宅は不在で局に荷物を持ち帰って保管している、預かり期間は23日まで。再配達希望なら返事しろ、みたいなことが書いてある。
お送り頂いてから1週間近く届いている。送ったものが届いたのかどうか先様では首をひねっているだろう。まことに申し訳ないことをしている。
それに保管の締め切りが23日だと。明後日じゃないか!
なんで配達当日にこの葉書を入れなかったのか。相変わらずの日本郵政にいまなお厳然とあるお役所的仕事ぶりに怒る。
いつになったらまこんな官僚的な態度から脱せられるんだ?
郵便局に電話を入れてところで、どうせこういうに決まっている。
配達は5時までですので明日以降の再配達となります、と。
木で鼻をくくったような気の利かない返事を聞くために払う電話代などない。
通勤に乗る電車の中でスマホで再配達依頼の手続きをとる。明日の午前中ならなんとか受け取れるだろう。

ツレアイががんになり。

先日、初期の大腸がんだと診断された妻が昨日入院した。
一昨日妻と娘が2週間の予定である入院生活で必要なものあれこれを準備しているのを見ながら、遅番の勤務に出かけ昨日は昨日で早朝から深夜までの勤務で入院初日に同行してやれず、夜勤である今日の午後、ようやく見舞いに行くことができた。
病院は消化器系器官の腫瘍や癌手術では定評があり、ここを紹介してくれたのは私の主治医でもある自宅近所のクリニックの先生だった。
一ヶ月前から断続的に血便が見られるという妻の訴えに、彼女の下腹部をさすったり軽く押したりして、これはもしかして、と冒頭の病を疑い、とりあえず診てもらって、と病院と専任医師への紹介状を認めてくださったという。
的確な所見だったわけで、このことだけでも藪どころかその下の土手医者だけが目立つ当今、僥倖であったといわざるをえない。名医鄙にあり。
ハズレな医者にあたると生存出来る者でも殺されてしまう。
大腸がんは初期に見つかれば完治率は100%に近いというのだから。
だから「癌だと宣告された」という重い感覚より「ああこれは初期のがんですな」と世間話のついでに気軽に告げられたという気安さの中に夫婦ともにいる。ま、不安がまるでないといえば嘘になるが。
病室でだが、久しぶりに夫婦しみじみと語りあった。
さりげないやりとりの中に夫は妻の身を案じ、妻は夫のこれからの半月の暮らしぶりを気にかけているのが互いにわかりあえている感覚が、連れ添うて27年の流れの中で交わす言葉が小石と変わり、日々の営みのせせらぎにごく自然に快くまかせているかのようであった。
その夫人に先立たれた先輩が「常日頃から嫁さん大事にしてやれよ、でないと本当に後悔する。あの時もっと優しくしてやれば、あの時もっといっしょにいてやれば、あの時あんなことを言わなきゃよかった、あの時ああしてやればよかった、そういう『あの時』か次から次へと出てつらくてつらくて」
と、奥様の鬼籍入り直後に涙ながらに語っていたことを思い出す。
それに近い感情が早くも私の中で去来を繰り返す。
完治率極めて高しという晴れ間をそれでも癌は癌であるという思いが黒雲のようにまだらに点在している。
ほどよく暖房が効いた病室の窓からそんな冬空が見えたからかもしれない。
今このときこそ妻との密着を重ね合わせて、ともに吸う空気の濃度を深めておかないと、人生の半分をともに過ごした人をもしかして喪うという事態になれば、私の在り処のすべてをもろくも壊してしまうことになり、そのことに対する取り返しのつかない悔悟の念と喪失感の前に私はなす術もなく立ち尽くし膝を屈し、もはや顔も上げられずにいよう。
と深刻めいたことを書き連ねたことが、あとになって私の密やかな笑い話となり、喉元過ぎればなんとやらで、妻という存在が空気のように薄れてしまい、その空気にどっぷりと浸かり、自分にとって都合のいい妻への依存心ばかりが膨張する日々を送れることを再び希っている身勝手な自分が確然として存在しているのも事実である。
とあれ、今の私は妻に出来うる限り寄り添っていたい。甲斐性のない私といっしょになったことで妻があきらめてきた何かが多すぎたということへの罪滅ぼしにもならないが。

燗酒の季節

IMG_20171202_134317「粒うに」の瓶詰めが安かった。199円。
この小川うにの「粒うに」は近所のスーパーではしょっちゅう目にするもので日頃は398円だから、なるほど「特売お一人様2本まで」と赤札がそばにあったわけだ。
熱いめしにのせてよし、燗酒の肴によし、私は酒呑みだから、もっぱら酒の相手として消化していく。大根おろしにのせて雲丹おろし、もどした塩くらげとあえて雲丹海月、佃煮昆布を切り刻んだものと混ぜた雲丹昆布、これらを割れ山椒の小鉢に盛り、熱めの燗酒をちびりちびりとなめるひとときは何物にも代えがたい。
年中売られているものだが、なぜか冬に美味しく感じられるのは自分の想像が勝手にそうさせているのだろう。あるいは酒を燗して呑む機会が多くなるからこともあるからだろう。
なんだかんだ言っても日本酒が一番美味い。お米の国の人だからが当然である。
地酒の銘酒となるといろいろうるさい人たちがいて、なかには半可通なことを言い合っているが、なに、酒とくに燗酒にとって肝心のエッセンスは「厳寒」と「空腹」のふたつだけである。
このふたつの条件が揃っていれば、「通」たちを唸らせる銘酒でなくとも、ごく普通の大酒造会社の、さすがに合成酒や増添酒は御免こうむるが大吟醸までいかなくとも純米酒クラスなら充分に美味い。
とくに空腹状態で少しずつ流し込む燗酒の美味さといったらブランドのべつまくなしである。五臓六腑に染み渡る、という表現はこういうことであるのかと身をもって知ることができる。
内蔵を癒やした酒精たちは次に折からの寒気に凍えた身体を駆け巡り、ほこほこと少しずつ温めてる、こわばった筋肉をほぐしてくれ、心身ともにだらりと弛緩させてくれた時、しみじみと酒なくしてなんの人生ぞと思う。
夏に昼過ぎから必死に水分絶ちをしてアフター5の生ビールごくごくの楽しみに備えるように、冬の休みの日の私は朝から何も食べないようにしている。五臓六腑それぞれにに「夕方まで待ってろよ」と声をかけつつ。
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