日本初の国産バーガーショップチェーン、ドムドムが風前の灯火である。
80年代前期の全盛期には400を数えた直営の店舗は今や全国に9店舗しかないという。
ダイエーがあれば、そこに入っているファーストフード店はこのドムドムと決まっていたから、都心部の繁華街を中心に店舗展開していたマクドナルドに行くには遠いし、今と違って場所柄若者客が圧倒的に多く、その中へ入っていくのにはどうしても構えてしまう層たちにとって、日常の買物で慣れ親しんだダイエー内にあるドムドムは、それこそサンダル履きで買物かごやレジ袋を下げても気軽に入れる雰囲気があり、たちまちのうちに地域密着型のファーストフード店として、主婦層や学校帰りの制服のままの学生、あるいは子供たち同士、その子供を孫として連れてくる高年齢層の支持を得た。
「わたしらでもマクドナルドの雰囲気が家の近所や下校途中で味わえる」。
今思えばこれが最大の売りだったように思う。
かくいう僕もファーストフードとしてのハンバーガーとのファーストコンタクトは、このドムドムであった。
70年代半ばにかけて、中学生であり高校生であった僕らにとって、マクドナルドは大学生以上の「大人」が出入りする店、それはまだまだ憧憬するだけの存在であり、ドムドムこそマクドナルドのオルタナティヴであり、しかしけっしてエピゴーネンではない存在であった。
あの頃、ハンバーガーひとついくらしたのか覚えていないが、シェィクなる飲み物、大根でいうところの千六本切り状のポテトフライは新鮮であり、○○駅前のダイエーにあるドムドムのシェィクは粘り気がありなかなか溶けない、△△市役所の隣にあるドムドムのポテトフライは塩気が強い、など自分たちの通学圏内にある各々の店舗の違いについて他愛のないことを言い合っていたものである。
マクドナルドのように、日本国内独自や限定のメニューを出すには、一応アメリカの本社にお伺いをたてるという手続きをふまえる必要がないドムドムは、かなり柔軟に日本人の好みに合うようなメニューを出してきた。
お好み焼きバーガーが出た時は、ここまでやるかと笑ってしまったことがある。
そのドムドムが終焉を迎えようとしている。
上述の若い頃の思い出があるだけで、それが多少感慨めいたものを抱かせるが、終焉を惜しむ感情には至らない。
子供が小さい頃、大阪の実家に里帰りの折に、京橋のダイエーにあるドムドムに連れて行った記憶がラストであった。
ドムドムの終焉も、僕の来し方の流れにおいて下流に消えていく事象のひとつに過ぎない。これから先、下流へと向かうそれらが多くなる一方であろう。
上流にあらたに生まれるものが、どんどん少なくなってくる。
老いとはそんな上流を諦念の術なき面もちで見上げるしかないことである。
ドムドムで未来を語り合っていた中学生なり高校生が、その頃聞いていたフォークソングの一節、「年老いた男が川面を見つめて時の流れを知る日が」今まさに来たのであった。


(ドムドムの店舗画像を載せようと思ったが、何かと差しさわりがあるのであえてやめた)

昨日は典型的な五月晴れの一日であった。
雲もほとんどなく、紺碧に近い、「青」よりも「蒼」の字をあてたい色の空が思いきり四方余すところなく伸びきっていた。
思い出したかのように吹き渡る風はまさに薫風。
その風に乗って、最近とみに目にするようになった燕が風景を切っていく。
と、ここまで書いてきた日和のよさの代償は、まだ5月半ば過ぎだというのに、梅雨期を飛ばしてはや7月初旬並みの気温であった。
早足で10mほど歩くと、さっそく汗腺が皮膚を蹴り倒し汗を吐き出す。
この時季でこの気温では今年もまた猛暑となりそうだ。
ここ数年、猛暑というより酷暑の夏が続いている。
地球温暖化のせいであるが、その因を作ったのは人間である。
自業自得、因果応報であり地球温暖化に文句を言うのは自分に唾することだ。
どうせなら、食べるものだけでも、さっさと先に夏の気分に慣れさせておこうと、そうめんをゆがいた。
「揖保乃糸」を4束ゆがいた。
「揖保乃糸」の宣伝をするわけではないが、やっぱりそうめんは揖保乃糸、である。
そうめんは細さが命で、細ければ細いほど舌触りの感触がシルキーで、それでいて手延べ特有の腰の強さを奥歯で味わえる。
いいそうめんは、こちらから食べにいかなくとも、そうめんの方から口の中に飛び込んでくる。
箸はほとんど使わない。
つゆを入れた小鉢から、鯉が滝昇りをするようにするするすると勝手に口の中に入ってくる。
「おいおい、ちょっと待ってくれ」と、そうめんを抑えたくなるぐらい勢いよく入ってくるのである。
1~2束あたりをちょこちょこと啜ったところで、この醍醐味は得られない。
やはり3束以上は、氷を浮かべた大きな器に、てんこ盛りでないと楽しめない。
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このブログ、途中ブランクがあるものの今年の9月で足かけ8年目となる。
まあ、何度ブログタイトルを変えてきたか。自分でも呆れている。生来の飽き性が災いしているに違いない。
しかしなんだかんだ言っても続けてこれたのもこれひとえに閲覧してくださる方がいるからである。
拙ブログ、今年1月の再開から半年近く経つが、今更ながら、ちょっと厭になれば止めてしまうことの無責任さに思いをいたし、たとえ一人だけでもお読みくださる方がいるのなら、畢竟それはこんなブログでも楽しみにしている人がいるわけで、おいおいそれは大仰だよと笑われそうだが、それなりの責任すら感じる今日この頃である。
あらためて読者各位に謝意を表したい。
風のようなブログでありたい、とブログタイトルを変えた。風のようにさっと通り抜けていくような。
さっき吹いていった風が、一葉を足元に落としていった。
おや?葉っぱになにか書いてある、と拾って読むと、なあんだ、たいしたこと書いてないなあ、しかし最後まで読ませたな、見させたなと刹那に感じていただけたら幸甚でありたいブログになればという意味を込めた。
風にちなんだ僕なりのフェバリットソングを添えながら、感謝の言葉に代えたいと記事を結ぶ。
ただし僕の年齢が年齢であるから、古い歌ばかりである。それもいにしへに聞ひてゐた…。
いつの季節でもやさしい風がふわりと吹いてきたら、つい口ずさんでしまう古い歌たち。
どうか諒とされたい。あえて歌のタイトル、アーチストは記さない、というよりYou Tubeが書いてくれている。













もっともっとあるのだが、JASRACに怒られるのでこのへんで。

今日は仕事休み。
ぶらりと散歩に出ようと思ったが、なんだか雲行き怪しく、とにかく傘を持つのが厭なので止めにして、You Tubeや無料の動画配信サービスを興味と関心のままにまったりと楽しむ。
最近の国会中継は面白い、と気楽なことを言っててはいけない。
民草が花見を楽しむことまで「怪しい!あいつらテロをたくらんでいる。見ろ。カメラでそこらじゅうを撮っている。あれはテロの準備に違いない。けしからん。ひっ捕らえろ。証拠?そんなもん取り締まる側が作ればいい」となりかねない法案が国会を通るか通らないかの瀬戸際だもの。
これまでの法務大臣や官僚などの答弁を見ていると、どう考えても無理筋もいい法律。メディアの大方が「共謀罪」と名づけたがるのもうなづける。
安倍総理大臣に至っては論点のすり替えがミエミエで、本人も心の奥深い場所では少しは「戦前の治安維持法に似ていないとも言えないなあ。でも一旦言っちゃったもんどうしようもない」てなことを思っているからこそ、野党側の追求に逃げの一手としか思えない受け答えをやらざるを得ないんじゃないか。
そんなことを考えていたら、思考がただでさえあちこち飛ぶ頭である、なぜか由紀さおりの「夜明けのスキャット」が聞きたくなって、You Tube内を検索散歩していたら、途中で五木ひろしの「夜明けのブルース」という歌に寄り道してしまった。
イントロからエンディングまで聴き通してしまったのは、テイストが昭和歌謡そのものだから。
クラブ(踊る方でない、いわゆるおっちゃん好みの、銀座や北新地にいっぱいある方の)で唄うよりも、どちらかと言えば場末のスナックで、僕ら年代以上の歌巧者のおっちゃんが好んで唄いそうな、ドがつく演歌ではなくムード演歌に近い作りである。
イントロのラテンリズムにノリノリで飛ばす五木ひろしの指パッチンと腰振りが相変わらず昭和歌謡である。なんのこっちゃ。
ブルースと銘打っているが、本物のブルースとは似ても似つかない曲になっているのが昭和歌謡である。
森進一の「港町ブルース」とか、天知茂の「昭和ブルース」とか、いったいこれのどこがブルースやねん、とBBキングやミシシッピー・ジョン・ハート、ロバート・ジョンソン、エルモ・ジェームスあたりを聴きまくっている人が怒りそうな、日本独自の歌謡ブルースも昭和歌謡の典型である。
サビの部分で意味もなくファルセットの女性コーラスが追っかけでかぶるのも昭和歌謡で…ってもうええか。
ちなみに五木ひろしの横でフェンダー・ストラトキャスター(と思う)をカッコよく弾いている人が歌詞ともに作った人で、レーモンド松屋という、マンションと牛丼店を混ぜたような名前の人は四国では知らぬ人がいないほどの有名なアーチストらしい。
僕とて昭和歌謡が骨の髄まで染み込んでいる男で、なんだかんだといいながら2回リピートして聞きました。いい曲だなあ。
商店街の外れにありそうなスナックで歌いたいな。紫色の地に金の文字が「シャネル」と入った外置きのネオン看板が煌々と光っている店。
この手のスナックではおなじみの、網タイプの黒ストを履かせた脚をタイトなスカートで包んだママがチャカチャカチャカチャカ、タンバリン叩いて、チーママがマラカス、カシャカシャカシャやりながら、心のなかで「なんちゅう下手な歌、唄いやがんねん、こいつは」と毒づきながら、そこは客商売、「素敵よ~、ブサイクちゃ~ん。唄い終わったらボトル入れてや~」なんて掛け声かけて、で僕はますます調子こいてマイク持つ手の小指をこれ以上は無理というくらいまで立てるわけなんですよ。昭和だ。

仕事に出かける前、早めの夕食を摂りながら、この時間帯にありがちなちょっと古いドラマの再放送を視るともなしに視ていた。
小林稔侍が警備員の隊長役のドラマで、視ていたのは最後の方だったが、設定がもうむちゃくちゃである。
民間人たる警備員が刑事たちより前にしゃしゃり出て、犯人になんだかんだと説教なんか出来るわけがなく、しかもその犯人逮捕のきっかけに至っては、犯人に断りもせずGPS発信器を犯人の持ち物に付けていた旨、小林稔侍隊長が得々と語っている場面に出くわした時には、業務スーパーPBレトルトミートソース(格安だが意外に美味い)をかけたスパゲティを巻いていたフォークを思わず落としてしまい、ソースまみれのスパゲティがはね跳んで着ていたTシャツにべったりと付いてしまった。小林稔侍どうしてくれる。
昨今、警察官が無断で捜査対象車に取り付けることさえ問題視されているというのに。なんで警備員がそんなことが出来るんだ。
まあたかが、と言っては失礼だがサスペンスドラマの細部にケチを付ける方が野暮天なのだが、これはいくらなんでも嘘が大きすぎる。
映画にドラマや演劇、小説などは壮大な嘘をいかに本当らしく見せるかが実作者の腕の見せ所だが、別に警備員でなくともすぐわかる嘘は頂けない。
まったくもう。またカアチャンに食べ物をシャツにこぼしてと怒られるではないか。ティッシュでケチャップの色をなんとかぬぐい去って、どうせこの上にポロシャツを着るのだからと、汚れたままのTシャツを着て出かけた次第。
腹一杯。太さ1.8mmの乾麺スパゲティ2束200gを平らげただけはある。
もうすぐ60になるのだからもっと食を落とせ、とカアチャンやかかりつけのドクターにやいのやいのと言われるのだが、食欲旺盛至極健啖なのは如何ともし難い。
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MVNO、いわゆる格安スマホを使い出して1年余。
音声通話SIMカード、データ通信制限容量はひと月に2Gまで、機種代分割料金、ユニバーサルサービス料を含めた月額基本料金は税込み2140円。
機種はZTEのBladeV6。CPUはMT6735 1,3GHz クアッドコア。オクタコアが主流になりつつ今、すでに前世代のCPUである。
2015年末の発売当時はミドルエンドクラスであったが、早くもエントリーモデル並に格下げとなったわけだが、別にになんの支障もない。
OSはAndroid5.1Lolipopで、こちらはまだまだ主流である。
機種代金を含めたスマホランニングコスト的には、MVNO業界をざっと見渡したところ、今もって斯界最安値に近い。
安物買いの銭失いになっていない。格安スマホにおいて、私のと同じ機能や容量で私より月額にして1000~1500円余分に払っている人などいくらでもいる。
だから今のところ買い換え、乗り換えの意思はないが、電話代のボッタクリ度にはいつもながら冷や汗をかく。
先日、実家の父が急病を得て、病院に搬送された際、各方面にこのスマホで連絡したのだが、トータルで20分くらいしか通話していないのに、後で調べたら443円と記録されていた。
計算は間違いないのだが、30秒10円の通話料(楽天の電話代半額アプリ経由の通話でこれである)はやはりボッタクリレベルとしか言いようがない。
今、3大キャリアまでが自社内で格安スマホサービスを手がけているが、ショップスタッフは格安スマホの短所について、情弱中高年者にもっと詳しくかつわかりやすく説明してあげないとモメる元になる。
通信インフラは自社キャリア回線のおこぼれ、お余りを使って低料金を維持しているということ。
言い換えれば通信品質にムラが出やすいということ。通話音声が途切れたり、データ転送速度が遅くなるのは当たり前。
SIMカード挿し、そしてAPN設定は基本自分でやらなければいけない。キャリアならショップで据え膳上げ膳で全部やってくれる。
APN設定ってなんやねん?と仰天するようなことを私は先輩格の同僚に訊かれたことがある。爺さん婆さんなどよほどでない限りこの程度だ。年寄りに格安スマホは売っちゃだめだ(笑)。
3大キャリア+ワイモバイルならリアルショップが都市部にあるが、MVNOはほとんどネットで完結している。
トラブルや故障の際のやりとりはオンラインオンリーとなる。だから少々の不具合くらい自力でなんとか解決できるほどのスキルがいる。
ハードの故障とわかって修理に出せばキャリアと違って代替機貸与のサービスはない。これでよく怒っている客がいるというが、事前にそんなことくらい調べとけよ。そんなこと当たり前やんと呆れてしまう。
とまあ思いつくまま偉そうなことを書いているが、スマホの音声サイドキーを最小にしたままであることを忘れ、当然着信音が聴こえず、掛けてきた友人に「何しとるねん」と怒られ、「あれえ?音が鳴らんかったわ。不具合かな」と首を傾げたら、ガラケーの彼が「ちょっと貸してみ」と私のスマホを取り上げ音声キーをいじった。
「あらら、一番小さくなってるやん。そら鳴らんわ」と笑われたことがある。一番原始的な要因を指摘されたのだ。
あ~らあんた未だにガラケーなのフフン!とバカにしてたヤツに言われてもたわ、と顔から火が出て、穴があったら入りたく、なかったものだからコーナンまで行ってスコップを買い、それで掘ってまで入りたくなったものだ。

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昨日巨人に勝って6連勝。2位広島に2ゲーム差をつけて首位固めとなった。
特に昨日のゲームは3連続完封勝ちを続けていた菅野を撃沈させた勝利であるから大きい。
先日の9点差ビハインドからの大逆転勝ちといい、今年の阪神、もしかしてもしかしてもしかして・・・
ああ、いやいや、悪夢の2008年の記憶がまだまだトラウマとして残っている。
あの年、オールスター戦直後まで2位に11ゲーム半の大差をつけていた。
7月27日時点でマジック43点灯、29日は41に減らした。この調子じゃ最速8月中に優勝やな、と周囲のアンチ虎でさえ確信しボヤいていた。
それが終わってみれば巨人の後塵を拝しての2位。
阪神の大失速と言われているが、8月の間それほど負けてもいず、それ以上に巨人が恐ろしい早さで追い上げてきたのである。
巨人の底力はやはりすごいものがあり、その強さにあらためて舌を巻いたものだった。
伊達にかつて球界の盟主を気取ってはいなかっただけはある。
7月29日は私の誕生日で、そこへもって贔屓チームの驚異的な進撃、浮かれまくって喜びに浸っていたかと思いきや、そうでもなかった。
勤めいていた会社の大阪支社が10月末をもって閉鎖と決まり、高齢の大阪支社長は退職、私は在宅での勤務となったのだが、その旨をを通告しに東京から社長が来阪したのがちょうどこの頃だった。
どうでもいいが、社長の手土産は鎌倉名物とやらの「鳩サブレ」という菓子だった。
社長が帰った後、「もうちょっと気の利いたもん持ってこいや。子供のお菓子やんけ。セッこいやっちゃ。せやから会社が左前になるんや」と、わけのわからんことを叫びながら支社長がサブレ菓子の化粧缶をバンバン叩いているうちに手のひらがずれたのか、函の角で指をしこたま打って「痛った~~」と声を上げたのを、こちらは笑い声を殺して肩を震わせていたのを鮮明に憶えている。
文句を言いながらも函を開け、「ひいふうみい…全部で18枚入りか。9枚ずつ分け分けしよや。いったいナンボすんねん、これ。インターネットで調べてみ」とオヤジは老眼鏡越しに上目使いで私を見る。
「そんなイヤらしいこと言いなはんな。もろたもんの値段調べるやて」と私は言いかけたが、ほんまに大阪の人間はこういうところが卑しいからなあと思いつつも私も興味はなくもないので調べた。
「2000円ちゅうとこですわ」と結果を告げる。「に・せ・ん・え~ん。わしら大人二人分の菓子折りがそれだけかい。ほんまにあいつはケチやで。昔からや」とまたも吠え出した。どっちもどっちやがな、と私は聞こえないようにつぶやき、フン、と鼻を鳴らしたものだ。
それはともかく、デイリースポーツが連日第一面トップでこれ以上はない大きな活字で阪神の結果を伝え、蝉はこれ以上はない喧騒さをもって家の近所の雑木林で鳴いていた。
それが「いったいこれからどうなるのか」という不安を余計にかきたててくれた。したがって、爾来蝉の声もプチトラウマとなっている。あいつらが鳴きだすと何も理由もないのに気分が滅入ってくる。それは今でも変わらない。


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君たちになんの責任もないのに…。しつこくない甘さで美味しかった。

ビートルズの(というより彼らがカバーした50年代ミュージカルの名曲)「Till There Was You」がベースになっている、ということ。
なるほど雰囲気は似ているような気がするが、まったく別の曲になっている。
換骨奪胎のいいお手本だ。
人に教えられて「へえ」と思った。

井上陽水「東京」


ビートルズ「Till There Was You」


人に教えられて、と書いたが、人というのは我が愚娘。
「26歳の若造がでなんでこんなことを知っておるのか、友だちが音楽に詳しいのか、オマエら年代でビートルズとか陽水とかありえへんやろが、え、おい」と問い質したら「まあね」とだけぬかしやがった。
「年がおっさんのカレシ」という変な虫がついとりゃせんやろな。

家にあった3年ほど前の「オール讀物」を職場に持ち込み読んでいたら、同僚のおっさんが「なに、読んでるの」と訊いてくるので「小説の雑誌や」と答えたら「お、部佐さんも芥川賞を目指すんか」ときたもんだ。
これが同じ文藝春秋の「文學界」、あるいは新潮社の「新潮」、講談社の「群像」といった文芸誌を手にしていれば、芥川賞狙いの勉強の一環で他人の作品を読んでいるのか(実際その手の雑誌を常時購読している人間にはたしかに芥川賞ワナビが多いのだが、というよりそんな連中にしか読まれていない)と言われるのはわからなくもないが、通俗小説系の「オール」を読んでいるのを見て、芥川賞云々に言及するのはお門違い、とこの同僚に言ったところでわかりっこないだろう。
では、通俗小説が対象となる直木賞狙いといえばよかったのか、と返ってきそうだが、直木賞はぽっと出の作家には与えられない、それなりに実績を積み、そこそこ名の売れている作家に与えられる賞である、と説明したところでわかってもらえないレベルに同僚はいる。
この同僚にとって芥川賞などは「去年か一昨年か、お笑い芸人が受賞した、小説とかそっち方面の有名な新人賞」ぐらいの認識でしかない。
別に同僚をバカにして言っているのではない。普段に活字だけの本や小説なんぞこれっぽちも読まないという人にとって文学の賞などは、自分の興味関心の範疇のはるか外にいる。
うちの妻娘もそうだが、芥川賞が「まるきりの新人賞であり、本を出したらもらえる賞である」と誤認しているのもむべなるかなである。
「あのな。とりあえずは商業的に作家デビューしてから十年以上経ってもらった人もいるし、受賞作品はまずは雑誌に掲載されたものが賞の対象になるんやな、芥川賞というものは」と言い、さらに「その雑誌も『文學界』『新潮』『群像』『すばる』『文藝』の、いわゆる五大文芸誌と呼ばれる雑誌に当該年分前年に掲載されたものが対象で、…っておい聞いとるのか!」とせっかく説明してやっているのに、二人に欠伸とそっぽ向きで応じられた。こんなものである。
ある程度本を読んでいる人の中にも「芥川賞=駆け出しの新人に与えられる最高レベルの賞じゃないの」とこれまた笑えない誤解があって、商業文芸誌デビュー2、3年あたりの新進からベテラン作家まで幅広い層を対象にした「川端康成文学賞」「三島由紀夫賞」の方が、同じ作家の「芥川賞」候補作よりもずっと出来のいい質の高い作品が選ばれることが多い。当然のことだが。
私の好きな芥川賞作家で最近の例を挙げると、西村賢太が「苦役列車」で芥川賞の誉れに輝いたのだが、それより前に発表して、候補止まりの川端康成文学賞「廃疾かかえて」、同じく候補で終わった三島由紀夫賞の「どうで死ぬ身の一踊り」、この作品は芥川賞候補作にもなっており、結局、誰が見ても上記二作より見劣りのする「苦役列車」が芥川賞を穫ったのである。このあたり不思議で仕方がない。
皮肉なのは又吉直樹の「火花」。三島由紀夫賞を逃した作品が芥川賞では合格であった。
ここまで来ると芥川賞、最近のに限っていうなら作品の質よりも話題性を先行させているとしか言いようがない。たしかにこの程度の出来映えじゃ「三島」では落とされるわなと妙に納得したものである。
おっと、階段を上がる音が聴こえてきた。こんな本を読んでいたら、それこそ「芥川賞を狙ってるのか」と言われかねない。慌てて鞄にしまった。
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男が多い職場である。
あっちの気(け)がある男を何人か見てきた。
あっちの気があるらしいという噂を含めたら、実にあっちの気の含有率が高い職場であると一見思ってしまうのだが、母集団がそも男が多いから子集団に含まれるあっちの気の人もそれだけ多くなるわけだから、率の高低(たかひく)を論じるても意味がないが。
文章ここに至るまで「あっちの気がある」という言い回しを何度も使ってきた。
こういうボカシ表現やもろに「ホモ」「オカマ」呼ばわりは差別やヘイトであると捉える風潮が高まっている。
LGBTの方たちの人権に配慮してのことだという。
またLGBTというひとつの価値観を、人間の他の基本的かつ普遍的な価値観として認めるべきだという考え方が世界的規模で敷衍されている。
そのこと自体は非常に大切なことではあると思う。
かの人たちの価値観を損なうあらゆる言説や動きにノーを突きつけることは知性主義のひとつの現れであり、揶揄的に語られる方ではない「意識が高い」ことの証左でもある。
しかし、LGBTそのもの、あるいはそういう生き方を選びとった人々の価値観は認めるにやぶさかではないが、個人の好みの問題でそれを拒否する自由も担保されてしかるべきであろう。
かいつまんで、ざっくばらんで、で言えば「男が男に向ける性愛の情(女性同士のそれもあわせて)を含んだ好意の視線がなんとも気色悪い。俺はごめんだ。俺はそんな趣味はない」と、慌てて手を振り否定し拒否する自由も担保されなければいけない。
LGBTの人たちが「僕(私)たちを気持ち悪がる権利は誰にもない。僕たちを嫌がることは人権侵害だ」と殊更に声高に叫ぶのなら「おいおい勘弁してくれ。気持ち悪いものは気持ち悪いのだから。これは仕方がないだろう」と小さな声で異議申し立てしたくなる。
それって逆にLGBT側の非LGBTに対する価値観の一方的な押しつけ以外の何物でもないだろうが、とも思う。
最近、某作家のミステリ短編集を読んだ。全面的にそのことを打ち出さず、話運びの小道具として小出しに表現されているが、探偵役はゲイのカップルである。
ゲイのカップルの生活ぶりそのものは具象的に描かれていないが、そういう関係の男同士が互いにパートナーと認め合って、一つ屋根の下に性愛を伴った暮らしを共にしているという小説上の事実が、なんともいえぬ不快なものとなって、ミステリ小説本来の楽しみである、伏線探しやらトリック解明やらの興味が後退し、ついに読了できなかった。
あらゆる人の基本的人権はこれを認めなければならない。LGBTの人のそれも同じこと。それを侵害する権利は誰にもない。
しかし、だ。自分の中の倫理観がそう思っても感情の部分で如何ともし難い部分があるのは、生身の人間だから致し方のないことでもある。

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